第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
プライドだ、と思った。私の知っているお調子者の彼は、お世辞にも性格が良いとは言えないけれど、当てられた問題を堂々と間違えても「???」な顔をするだけ。他の男子に野次られても、口をつんと尖らして言い訳するだけ。これほど機嫌を損ねている木兎くんを見るのは新鮮だった。
きっと、バレーをプレーする自分に対して、プライドがあるからなんだろう。誇りをもっているからこそ、気持ちがグラグラゆらぐのだ。羨ましい。帰宅部の私には一生かかってもわからない世界だ。と、小綺麗な爪に当てる紫色の光を見つめながら、思いを馳せた。バレーのコートを、体育館の白色ライトを、木兎くんの世界を。
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「はい、お疲れさまでした」
友人の爪を軽く撫でてそう言うと、「さんきゅ」と彼女はそっけなく言った。それから、両手を高く掲げて、「超かわいいじゃん!!」と声を張り上げた。まるで、今、生まれて初めて目に入りました、というくらいに大げさだった。
「すごいわ、やっぱりなまえはすげーわ!」その声に反応して、視界の端で木兎くんがピクリと動いた。
あの大きな瞳から生まれる視線が、こちらに向けられているのがわかる。彼を見やると、目が合う前にぷいと顔を逸らされる。
「帰ろ」
彼を透明人間かなにかのように扱うと決め込んだらしい友人は、スマホを鞄に投げ入れると颯爽と立ち上がる。あ、待って、と私は机に広がるネイル道具を慌てて片付け始める。ブラシを掻き集めて、ジェルが漏れないようにしっかり蓋を締めるふりをして、こっそりと意識の先を廊下の方へとずらす。
今、私たちが帰ったら、と考える。木兎くんは教室にひとりぼっちになる。それが気がかりだった。心配でもあった。だけど、かける言葉がわからない。
「なまえ、早よ早よ」
全ての道具を鞄に突っ込み終える前に、友人は既に教室のドアに手を掛けていた。「鈍臭いから先行くよ。走って追いかけてきて」そして廊下へと歩き出していた。
「え、待っ」
それは流石に自分勝手すぎではないか、と急いで荷物を引っ掴んだ。その拍子に後ろの机にひっかかる。「やば、」よろけながらバランスを取ると今度は反対側の机にもぶつかる。「痛っ、」尚も友人の後を追おうと足を踏み出したとき、
「なまえ、」
木兎くんに名前を呼ばれた。