第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
「雪絵ちゃん」彼女は男子バレー部のマネージャーの名前を出すと、興味の先を手元のスマホへと戻したので私はぎょっとした。木兎くんの大きな目に睨まれるだけで息が止まりそうなのに、加えて今まで聞いた事がないほどの低い声。なのにこの子は、それらを一笑しただけで相手にするのを辞めたのだ。
この、他人の気持ちを慮らない彼女の図太さに、私は日頃からうんざりしているのだけれど、どんな時も戦かないから頼りになる。友人で居続けることのメリットの1つ。敵には絶対回したくない。
「なまえ、気にしないでいいと思うよ」
そして彼女は私を置き去りにする。「こういう時の木兎は、ほっとくのがいいんだってさ。ほれ、続きお願い」
「ほっとくって……」
私は、内緒話と同じトーンで呟いて、途方に暮れた。理由はわからないが、木兎くんがピリピリしていることは一目瞭然だ。知らんぷりできるほど私は肝が座っていない。
恐る恐る彼の様子を伺うと、相変わらず黙ったまま身体中で息をしている。明らかに、不機嫌。いや、不貞腐れているようにも見える。
「部活でさ、」とすかさず私に耳打ちがくる。「調子が悪い日はああやって落ち込むんだって」
「部活?」部活か。と私は頭を巡らした。私は、木兎くんが何部か知っている。全校生徒の皆が知ってる。
名前を呼ばれ、壇上で賞状を受け取る彼の背中を思い出す。嬉しそうにピースして、隣のトロフィーを持つ副主将の子に迷惑そうな顔をされている木兎くんの姿と、目の前の彼の姿を比べてみる。
「落ち込む時も派手なんだね」と私は独り言のように囁いていた。木兎くんは、目立つ。どこにいても、何をしても。今だって俯いたまま沈黙しているのに、その大きな身体から滲み出ている、独特の苛立ちと自己嫌悪のオーラが教室中を満たしてしまっている。こんな影響力の強い人、世界中探したっていないだろう。私は居心地の悪さを感じながら、渋々ライトを握り直す。