第24章 空気と一緒に動くの(木兎光太郎)
「はい、固めるね」
「ん」
女子って生き物は怖いなと女子の私は常々思う。私は、ちらとも視線を上げない友人の魅力溢れる顔と身体は彼女の両手首の付属品とみなすと決めている。今の私にあるのは指の先っぽの爪という10個のキャンパスだけであって、この暮れかかった教室内で、このごくごく小さな面積を彩ることだけに集中していれば済む話。ネイルに絵心なんて関係ないなと気付いたのは最近のことである。必要なのは、職人気質だ。プロフェッショナル。
心を平静に保ちつつ、ペン型LEDライトのスイッチを入れる。同時に、教室の扉が勢い良く開く音がした。驚いて一瞬手元がぶれる。私と友人が顔を上げた頃にはすでに、犯人はずかずかと中に入っていて、廊下側の彼の席の椅子を乱暴に引いていた。
「木兎くん、ちょうどいいとこに」
見慣れたツンツン頭を一瞥だけして、私は視線を手元に戻した。「電気点けて」
一瞬の沈黙の後、足音。それから、ぱっと視界が明るくなる。「ありがとう」
返事は無く、足音。大げさな音を立てて席につく音。そこに来てようやく私は違和感を覚えて顔を上げた。彼にしては無口すぎる。
「木兎く、」
言いかけて言葉が止まる。よく制服のYシャツをだらしなく出しているクラスメイトの木兎くんは、今や運動着を身に纏い、椅子に座り、机に両肘を乗せて、両手で額と目を覆っていた。全身に汗をびっしょりかいて、荒い呼吸を繰り返している。離れた席からでもすぐにわかった。
「えっ、どしたの、大丈夫?」
ただならぬ様子に驚いて声をかけたが返事はなかった。どこか体調が悪いんだと思った。泣いているようにも見えた。
混乱して正面の友人に視線で縋ると、彼女も面食らった顔をしていた。しかし一瞬だけ私を見ると、すばやく木兎くんの全身に目線を滑らせ、「木兎、」と気丈に呼びかけた。「噂のしょぼくれモードかい?」
ぴくり、と彼の首がもたげた。
金色の2つの目玉がぎょろりとこちらを向く。「誰から聞いた」 呻くような声だった。