第3章 おちたみどりはどんなおと(黒尾鉄朗)
「ン?」
「いーよいーよ。ちょうど今日は、半休上がりで暇なんだ」
「? や、ちょっと意味が」
「??? ナンパでしょ?」
「なんっ、ナンパ?」
飛び出した単語に黒尾は目を丸くした。「んなわけねぇだろ!」
「嘘!違うの!?」
「ちげーよ。おい、どうすんだよ、これ」
呆れ返ってハンカチを見た。少しだけ考えて、自分のポケットにしまって彼女を見た。
「もし俺がナンパですっつったら、どっか連れってってくれるわけ?」
「お?」
「どうせ俺も暇だしな。なんか楽しい場所知ってんの?」
不意を突かれると驚くが、咄嗟の状況を把握して適応するのは得意分野だ。別にナンパと思われても構わない。気分屋で好奇心が強いことも、黒尾鉄朗の特徴である。
「楽しい場所!」
何故か乗り気になった黒尾に、女性はケラケラ笑って答えた。「今から行こうと思ってたんだ!楽しい楽しい公園に!」
「公園?」
「ほら、あの駅んとこの」
人差し指を天に向け、彼女は呪文みたいな名前を唱えた。練馬区にある、大きな池のある公園の名前を。
「あそこかぁ」
懐かしい、と黒尾は思った。バレーを始めるよりも前、そこは祖父母や研磨と行く遊び場の内の1つだった。「よく行くのか?何すんの?テニス?」
「ピクニック、を少々」
「ピクニック!」
思わず笑った。「完璧じゃねぇか。天気も良いしな」
行く?
行く。
よし、行こう!
決まってからは早かった。最初に向かった場所は100円ショップ。まずは形からだよな、と安物のささくれ立ったバスケットを買い、ブルーのレジャーシートを買い、シャボン玉と縄跳びを手にした彼女を、その靴でどうやって跳ぶんだよとからかい、それから涼しいコンビニで、サンドイッチと、バスケットに入るだけのお菓子の山と、会計しながら自己紹介。
コンビニを出て、これが好きなんだよねぇ、と動物の形のビスケット菓子を袋から取り出す彼女を、ガキ臭いな、と黒尾は笑った。しかしその直後、いつの間にか入っていた缶ビールを見つけて閉口する。
「日曜の昼間から、仕事帰りに公園でビールかよ」
負けたような気がしてそう言うと、彼女は、あはっと小さく笑った。その顔を見て、黒尾の頭にころころ転がる鞠が浮かんだ。
小さくて可愛らしくて、どこか懐かしい。けれど指先を伸ばすには少し、遠い気がした。