第21章 チゲ鍋リスカパーリナイ(菅原孝支)
「そもそもですね,なぜ真夏にチゲを食すのか」
煮えたぎる真っ赤な鍋を前に素朴な疑問を口にすると,
「なまえ,知らねーの?」
と上機嫌な孝支は得意気に,
「暑い日は熱くて辛いものを食べる!汗をかくと健康に良いんだぞ?」
と体育教師のような説明をしてくれたので,「左様ですか」と頷いた。
更には鼻歌まで聞こえてくる始末。この人はまたどうしてこんなに,辛いものが好きなのかと不思議に考えた。
「孝支はなんで辛いもんが好き?」
「なまえも好きじゃん」
「孝支ほどじゃないもん」
「だって激辛食うとさ,”俺,生きてる!”って感じするし」
「あらやだわこの子ったらMなのかしら?」
「ストレスが溜まるとなんかこう,辛いの食べてすっきりしたい!って思うんだよなー」
熱心に菜箸で野菜をつつく孝支の前には,既に追加分の調味料が用意してある。視界の中に占める赤色面積の多さになまえは「それはだね孝支クン」と教えてあげる。
「辛味を感じる受容体は味覚ではなく痛覚として刺激を受け取っているからだよね」
「と,言いますと?」
「辛いという感覚は,痛みなのであります」
「ほう」
「つまり辛いものを食べて生きている実感を得てストレス解消!ということはもはや自傷行為と同じということでして,」
「へぇ」
「我々は今,この激辛チゲを食すことによりリストカットと同じことをしようとしているというわけでございます」
「ふむふむ」
「聞いてた?」
「なるほどな〜!」
「聞いてないでしょ」
「口じゃなく手を動かしなよ,鍋奉行さん」
菜箸を開閉させながら孝支は口を尖らせた。「職務怠慢だ」
「あらら,誰が具材切ったかご存知?」
「買ってきたのは俺だし」
「お金を渡したのは私」
「今日の献立決めたのは俺!」
「いつもお皿洗いしてるのは私!」
「拭くのは俺じゃん」
「あーじゃあこの白米は私がよそった!これらの麦茶もグラスについだ!」
「残念でしたー。炊いたのは俺でピッチャーに水出ししたのも俺ですぅー」
「むむむ……仕事に優劣などない!」
「その通り!」
孝支はにっこりと笑った。「いつもありがとな」
「いえいえいえこちらこそ」
恐縮してはみるものの,これは正しい関係なのかと自問する。