第21章 チゲ鍋リスカパーリナイ(菅原孝支)
「西谷の好きな食べ物知ってる?」
立ち上る湯気の向こうから孝支が尋ねた。なまえは目の前のお鍋で踊る豚肉が赤い理由を,火が十分に通っていないせいなのか,はたまたキムチの色のせいなのかを真剣に見極めている最中だったので,「知らない」と簡潔に返した。「ってか誰それ」
「俺の後輩」
「ほんとに知らない人だった」
「えー,いつも話してんじゃん。リベロだよ!一人だけユニフォーム違う!」
「私が分かるのは坊主の子だけだし。あの〜〜〜〜田村くん」
「誰だよそれ」
うっそだぁー!と孝支はテーブルを枕代わりにして頭を乗せて,大げさに落胆した振りをした。
「なまえ何回も試合応援来てんじゃん。どこ見てんだよ」
「孝支しか見てませんでしたぁ」
「ベンチを?嘘くせー」
わかってるくせに,となまえはすました顔で灰汁を取る。「で,何?ミナミくんの好物が?」と母親のように話を促せば,「西谷な」といじけんぼは訂正をする。
「ガリガリくんが好きなんだってさ。ソーダ味」
「いいじゃん。青春っぽいね」
「だべ?」
「私も夏の三ツ矢サイダーが似合う女に生まれたかったわ」
「その発言がもう女子高生失格だと思うぞ」
「麻婆豆腐に言われたかないね」
「チゲ鍋かき混ぜながら言われたくもない」
かき混ぜているのではなくて,灰汁をとっているのよと説明しなくてもわかっているだろうから,なまえはテーブル端に置いてある大皿を持ちあげ,上に乗った野菜たちを豪快に鍋に投入していった。勢いで熱湯の飛沫が飛んで,「危なっ!」と孝支が笑う。わざとやったと言えば怒るだろうか。