第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
深々とお辞儀をして別れた後,ヘルメースくん,と名も知らぬ彼にあだ名をつけた。ギリシャ神話に出てくる,正しく導く案内人のヘルメース。今日の美術の授業で石膏デッサンやらされたのだ。
菊ノ庵,緑の暖簾の和菓子屋。うぐいす餅。
おつかいは無事果たせそうでよかったよかった。まったく。うちのひいおばあちゃんも大概にしてほしいよね。いくら思い出のお菓子っつってもさー,こんなびっちょびちょの寒い日にひ孫をパシりに使わなくてもいいじゃんね?しかもお店の名前間違ってるしね?こちとら課題があるんだっつーの。はー,早く帰ってコタツ入りた———
「待っ!てください!」
突然もの凄い力で肩を掴まれた。ひいぃ!と叫んで振り返ると,先ほど私と逆方向へ歩いて行ったはずのヘルメースくんが息を切らして立っていた。
「え?え?え?何?」
「良かった,間に合っ…!」
両膝に手をついて,弾んだ息を整えていた。濡れていく制服を見て私が慌てて傘を差し出すと,彼はパッと顔を上げた。
「さっき,俺が教えた店」
「菊ノ庵?」
そう。と彼は頷いた。
「廃業,したんだ。当主だったじいさんが亡くなって」
「え」
マジ?もうないの?と驚くと,また彼は頷いた。