第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
C:その日は,朝から雨が降っていた
3日連続の雨だった。雪の混じった,みぞれに近いびっちゃびちゃの雨だった。どうせ降るならロマンチックに降らせてよと心の中で悪態を吐きながら,私はスマホを右手に,左手に傘を持って路上案内板の前に立っていた。そう,私は地図が読めない女。
たかがおつかいで迷子とは。なんて馬鹿にしないでくれたまえ。長いこと寝たきりの私の曾祖母が,亡き曾祖父との思い出のあの店の,あれが食べたいなんて突然言い出したもんだから,アレとかソレとか代名詞ばかりのふがふがした訴えを30分かけて解読してここに辿り着いたのだ。持っているヒントは,お店の名前とざっくりとした場所だけである。
地名を便りにそれっぽい駅まで来たはいいものの,ほら,グー●ル先生に聞いても出て来ないような個人店舗じゃ,フツー自力で辿り着けるわけないじゃん?しかも馴染みない,初めて降りた駅だし?これはもう迷子とかそういう以前の問題だ。よって私は迷子ではない。
「誰かに聞こう」
ネットも地図も頼りにならないので,私は人間に頼ることにした。吐き出す息は白く,傘を持つ手はかじかんで痛かった。
誰に聞こう。
年明け直後の忙しい時期。周りを見渡しても道行く人は皆,傘で顔を隠して通りすぎていく。
なるべく親切そうな人,急いでなさそうな人。
そうだ,一人で立ってる,女の人にしよう。
駅の出口の屋根の下で,雨宿りをしている人たちをじっと眺めた。そしてその中に,自分と同じ梟谷高校の制服を見つけた。こんな寒い日にマフラーだけを首に巻いて,重そうなエナメルバッグを肩に掛けている男子。退屈そうに壁に寄りかかってスマホを見ている。一人だ。女の人じゃないけどここで嬉しいお知らせ,イケメンだ。
あの人にしよう。
話したことも見たこともない人だった。でも同じ学校というだけで,なんだか親近感を覚えてしまった。あれだ。せっかくの修学旅行なのに,知ってるファミレスに入っちゃったあの感じに似てる。人は見知らぬ土地に来ると,馴染みある物に頼りたくなるんだ。きっと。