第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
B:果たして何を投げたのか
ハンガーです。私はハンガーを投げました。人間,いざというときは脳より身体が先に動くってホントなんだね。
だってさ,休日じゃん?天気良いじゃん?ベランダで洗濯物干すじゃん?したら道の上からスマホ構えて私のこと撮ろうとしてんだよ?やばくない?超怖くない!?しかもかがんで木の後ろに隠れてんの!どんだけホラーだよ!
白昼堂々の盗撮事案という予想外のイベント発生に,私は買ってまもないブラを放り出し目の前の物干しにぶら下がっていたハンガーを引っ掴んだ。
狭いベランダで助走はつけられないものの,右手を高く振り上げエネルギーを三角筋から上腕二頭筋へ。
「変っっっ態!!!!」
そして眼下の男子に無我夢中でぶん投げた。
プラスチック製の三角形ハンガーは縦回転をもって指先を飛び出し空中へ。
おや?と私の思考が回り始めたのはその瞬間。
あの盗撮男子,見覚えがあるぞ。いつぞやの”ヘルメースくん”ではないか?
特殊なキーワードに反応して,半年近くも前の記憶が脳内映画のチャプターを引き抜くように選び出された。ハンガーが宙を飛んで行く最中,私の頭の中で1月の雨だれの音と共に,記憶は走馬灯のように再生される———