第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
誰かにひけらかすためじゃなく,あくまでも自分のため,に,俺はポケットからスマホを取り出した。ロックを解除して,カメラアプリを起動する。
見知らぬ他人の家だけど,撮るぐらいなら平気だろうと考えた。花盗人は罪にはならず。花を撮る者もまた,罪にはならない。多分。
どう撮ろう。スマホを縦に横にと構えながら構図を考える。夏の花だから,やっぱり,青空に映える感じで撮りたい。
こういうとき,自分はとことん凝り性だなと思うけど悪い気はしない。フレーム内に全体が入るように,一歩,後ろに下がった。
む,この角度が良いかもしれない。
そう感じたのは少しかがんだ時。低い位置から上に向けて撮った方が,より尊大に見える気がする。いや,もうちょっと低くだな。あとちょっとだけ下がって……
ここだ,とシャッターを押そうとした瞬間,花がぼやけた。勝手にピントがずれたのだ。
先月買い替えたばかりの最新のスマートフォンは,百日紅の花ではなく,何を思ったのか後ろの背景にフォーカスを当て,その画面に鮮明に映し出してしまった。
「 え 」
花木の向こうにいた人を。
「は?!」
しかも目があった。
驚いて立ち上がると,百日紅が生えている敷地内の ——— 洋風作りの家の2階のベランダから,知らない女子が俺のことをひきつった顔で見下ろしていた。そして猛然と人差し指を向けてきた。
「盗撮!」
「!?」
いきなり何だ。
花くらい,いいじゃないか。
何か言い返そうと口を開いて,俺はハッとして固まった。
1. ベランダにいるのは女子だ。俺と同じくらいの年齢に見える。
2. 彼女の前の物干し竿にはうちの学校の体育着がかかっていて,今まさに洗濯物を干していた最中だったのかもしれない。
3. 現在の彼女の手には淡い色の下着が握られている。言わずもがな女性用である。
つまり,これは……あっ,盗撮ってそういうこと!?
「違っ……!」
「変っっっ態!!!!」
反論する時間はなかった。彼女がやけに綺麗なフォームで振りかぶったと思ったら,何かが俺に向かって勢い良く飛んできた。