第20章 メビウスの輪舞曲(赤葦京治)
A:休日の昼下がりに散歩をすると,普段は目に入らないものがくっきり見えるようになる。
幽霊とかそういう,オカルト系の話じゃなくて景色の話ね。俺の家から駅までの,平坦な徒歩約8分の道。
通学のために毎日通る道だけど,学校がある日の朝は急いでいるし,帰りはバレーの練習後で真っ暗だから,いつもは景色を楽しむ余裕なんてない。
だけど休みの日にのんびり歩くと,灯台下暗しって言うのかな。身近な場所ほど,気付かなかった新しい情報に出会えたりする。
例えば,商店街の一本裏手にある稲荷神社。
そこの鳥居が,びっくりするほど鮮やかな朱色をしていたり,
はす向かいの家の表札に,小大塚,なんて小さいのか大きいのかよくわからない名字が彫られていたり,
お地蔵様に花を供える人がいることを初めて知ったり。
それだけ?って思うかな。俺も普段なら,取るに足らないことだと思うよ。でも,今日は雲ひとつない晴天。部活は休み。手ぶらでTシャツという身軽な装備の上にうるさい先輩たちもゼロ。邪魔が何も入らないと,目に見えるもの一つ一つが興味深いもののように思えてきて,道端の小石まで愛くるしくなる。だから1人の時間は好きだ。
『赤葦って休みの日は引きこもってる?部屋の掃除したり,溜まった録画消化したりさ』と笑ったのは一昨日の木葉先輩。どこのOLですかと突っ込んだ。俺だって,目的もなくぶらぶら散歩しますよ。って。
今日は思いつきで,駅に続く道の途中でいつもと違う方向に曲がった。これも休日じゃないとできないことだ。用事がないと,7月の照りつける太陽さえも心地よい。
そうやって知らない道を気ままに歩いて…5分ちょいかな。ある一軒家の,歩道に面した庭の木に目を奪われて足が止まった。
さるすべり
低い塀を挟んで,百日紅の花が咲いていた。俺の目線と,ちょうど同じくらいの高さ。
綺麗だ。
青空と,植物の緑と密集したピンクの塊が,風にゆらりと揺れている。そのコントラストだけで,なんだか尊いものを見ている気がした。
写真に収めたい
と思った。思ってから自分でも驚いた。
写真?俺が?
花なんて撮ってどうする。SNSにでもアップロードする?あんな自己承認欲求とプライベート自慢の空間に?冗談じゃない。
でも,この花は撮りたい。美しいものは美しいうちに切り取るべし,だ。