第18章 宇宙的浮遊感(岩泉一)
「幸せとは!」
小さなステージに立ったなまえは、人差し指を天へと向ける。「目に見えるものではありません。ましてや、数値化することもできません」
梅雨真っ盛りのこの季節、半袖のシャツを着ているなまえは、気温の変化に対応できるようにか薄手の白のベストを着ている。が、なんのこだわりなのか、サイズはぶかぶか。
上から下までストンと落ちる、長い黒髪と、どこも出っ張りのない身体。太ももにかかるほど長いニットの下から、申し訳程度にスカートが顔を覗かせている。スカートの意味ねーじゃん、と言いたくなるほどの面積だ。
「幸せの形は人それぞれです!お金持ちになること、健康であること、アイドルになって、日本の経済を回すこと。それから、イケメン俳優とパラソルの下、2人でレモネードを一緒に飲むこと!」
はいはいそうだな、と適当に聞き流しながら着替えを続ける。マネージャー業は完璧なのに、どういうわけか、こう……こういうとこがあるんだよな。こいつ。俺はあんまり嫌じゃねーけど。
ふと視線を感じて振り向くと、真後ろのロッカーの前にいた国見と目が合った。着替えを既に終えていて、いつもの面倒くさそうな、迷惑そうな顔で俺を見ている。気のせいかもしれない、と思ったが、やっぱりこちらをじっと見ている。その隣にいる金田一まで。
「岩泉先輩、あの演説をなんとかしてください」
及川が小声で耳打ちしてきた。「と、国見ちゃんの目が言っています」
「俺?」
シャツを羽織りながら聞き返す。
「俺たちは早く帰りたいんです。と金田一の目が言っています」
「それほんとに合ってるのかよ」
「なまえちゃんの扱いなら、岩ちゃんが一番慣れてるでしょうに」
「同じクラスってだけだろ」
どうも部員の奴らは、なまえの世話係は俺だと認識しているらしい。面倒ごとを押し付けられるのは慣れてるが、なんつーか、ここ最近は特に多い気がする。気のせいかもしんねーけど。