第18章 宇宙的浮遊感(岩泉一)
「岩ちゃんってさ、そーいうの、とことん鈍いよねぇ」
へらへらと及川が笑う。
「そーいうのって、どーいうのだよ」
知ったような口のきき方にムッとする。「恋愛系全般に疎そう」と松川が体重をかけてくるので「余計なお世話だ」と押し返す。身長差で潰されてたまるか。っつか、誰が誰を好きかなんて、興味ねーだろ、普通。
「ま、岩ちゃんはあれだよね。恋よりバレーとか言う派だもんね」
「勝手なこと、ばっか、言うな!」
「ふぐぁ!」
ひっつく3人をまとめて振り払う。1人に肘が入ったが別に狙ったわけじゃねーから。自業自得だ。
「いったー!岩ちゃんDV!これドメスティックだよこれ!」
「うるっせ!どっちかっつったらバイオレンスの方だろーがアホ!」
拳を振り上げてから、はたと口を閉じて振り返った。沈黙を貫いていた窓から、風が吹き込んできたからだ。身体にまとわりついている、淀んだ空気を浄化するかのように。
暗い外から部室の窓へと滑り込んできた風は、火照った頭を音もなく撫でていく。
心地よさに目を細めると、ふと、風の中に、あの懐かしいような切ないような香りが微かに混じっていることに気が付いた。夏の夜の匂いだ。
「男子諸君!」
突然、裁判官の叩く小槌のような声が響いた。「練習後のみなさまに、お伝えしたいことがあります!」
「あ?」
入り口の方を見る。いつの間に入り込んだか知らないが、うちの部のマネージャー………もとい、みょうじなまえが、部室にたった1つ置かれた机の上で、仁王立ちになっていた。
ぐるりと見下ろされている俺たちの目の前を、てん、てん、てん、と、沈黙が通りすぎていく。
始まったよ、と隣の及川が、俺だけに聞こえる声で嘆いた。
「すみません、なまえ先輩」
おずおずと手が挙がる。「俺たち、いま着替え中なんスけど」
なまえはその声の主を指差した。
「矢巾秀!」
「!?ハイ!」
「幸せとは、何だと思う!?」
「……………………はい?」
ひきつった笑顔のまま矢巾が固まる。そーだよな。いきなりそんな質問されても答えらんねーもんな。それより矢巾は早く上着ろ。って俺もか。