第18章 宇宙的浮遊感(岩泉一)
しゃーねーな、とシャツのボタンを締めながら、机の前まで歩み寄った。「おい」と上に立つなまえをを見上げる。
「机は上るもんじゃねーぞ。あぶねーから降りろ」
「いやそこじゃねーだろ!?」
大声を出したのは花巻だった。「びっくりしたー、思わず突っ込んじゃったわ」
いや、びっくりしたのはこっちだ。
「天然」松川が俺を指さした。
「俺?」
訳が分からず振り返る。「人に指向けんじゃねーよ松川。失礼だろ」
「岩ちゃん、俺は突っ込まないからね」
「お前らさっきから何な、」
「ねぇ私の話、聞いてる?」
「なまえ」
こんどはこっちか、と膨れっ面のなまえを下から睨む。「人に話を聞いて欲しかったらまずは相手の話をちゃんと聞け。いいか、今すぐ机から降りろ」
「嫌だ!」
なまえがニッと笑った。相変わらず夏のヒマワリみたいに笑う。
「あのね、聞いてよ!幸せの定義は人それぞれなの!はっきりとした評価軸がないということは、他人と比べることもできないということ!だから安心してね。彼女のいない岩泉も、彼女に振られたばっかの及川も、どちらが不幸だなんて、比べることはできないの!」
「ヤメてー、傷口に塩塗らないでー」
及川が真顔になる。及川の奴、いつの間にフラレてたんだ?っつーか、いつからのどの彼女の話だ?
「でもねでもね」とお構い無しでなまえが続ける。「いろんな科学者や心理学者が、幸せの本質を掴もうと研究してるの!かのチクセントミハイ氏は、」
「誰ですか、それ?」
「金田一、なまえちゃんの言うことにいちいち突っ込んでちゃダメ」
「ねー、聞いてってばー」
なまえが腕をぶんぶんと振り回す。「聞いてるぞ」と言えば、ぱっと嬉しそうに目を輝かせて俺を見た。
「あのね、彼はこう言ったの!『幸せな状態とは、目の前のことに夢中になっている時だ』って!」
「夢中になっているとき?」
「そう!今取り組んでいることに対して、自分と、そのことだけしか考えていない時!他のことは全て忘れてしまう時!朝、目をさました瞬間から、頭の中をいっぱいにしてるもの!その没頭感こそ、幸せってことなんだって!つまり、つまりね、私が言いたいことは!」
なまえが両手を大きく広げた。
「ここにいる全員、幸せだよねっていうこと!」