第17章 Soliloquy(菅原孝支)
デッドロック、という単語が頭をよぎる。俺も彼女も、相手が本音を出すのを待ち続けてる。お互いに身動きがとれなくなってる。
口の中が渇いていた。忘れ去られていたアイスコーヒーをすすると、苦い味が口に広がって、余計に心が乱される。自分のグラスの下には何も敷いていないから、水滴が輪の形になってテーブルを濡らしてしまっていた。
———きっと、相手の心を開きたいなら、まずこちらから本音を出さなきゃいけない。
わかってる。わかってるけど、この空気に、終止符を打つ言葉が見つからない。しばらく考えてからようやく「あのさ、」と口を開いた。
「俺じゃダメかな」
言ってしまってから、会話の繋がりを無視してしまったことに気が付いた。けれど、何が?とは聞かれなかった。
それどころか、なまえの視線はアイスコーヒーに浮かぶ氷の島々に降り注いで微動だにしない。長い長い沈黙の後、彼女は、映画のワンシーンみたいに、「ごめん」と言った。割れやすい、硝子の言葉を俺の目の前に置くように。
ごめん。だってさ。
なんとなく、その返事を俺も待ち受けていたんだと思う。次の言葉が頭の中をぐるりと回って、勝手に口から出ていった。
「わかってるよ。なまえがまだ、アイツのこと好きだってわかってる」
返事はなかった。「でも、浮気されちゃったもんはしょうがないだろ?過去を引きずってても何も変わんないよ」
返事はなかった。だから、構わず続けた。
「今すぐアイツのこと忘れろなんて言わない。思い出を全部上から塗りつぶすなんてこともできない。でもさ、俺はずっと側にいてあげるから。なまえに寂しい思いなんてさせないし、わがままだって、いくらでも言ってよ。嫌いになんてならないから。だからさ、これから、一緒に色んなとこ行って、色んな楽しいことしてればさ、いつか、アイツとの思い出だって薄れて————」
「ありがとう、」
やっとなまえの顔が上がった。鈴の音のような声と視線。
「菅原くんは優しいね。あの人より、ずっとずっと優しい。一緒にいても楽しいし、いつも気を遣ってくれる。とっても良い人」
「じゃあ、」
「でもね、それだけなの」
それだけ、とは?
一瞬意味が分からず、え?と聞き返そうとした。けれど、喉の奥からは、息の音しか出なかった。