第17章 Soliloquy(菅原孝支)
耳を澄ますと、カランコロン、と氷がぶつかり合う澄み切った音がする。ショーウインドウに飾られた、指紋の付いていないプラチナリングみたいな音。「ほんと、綺麗だ」と慎重に言葉を選んだ。
「聞いてるだけで、涼しくなってくる」
この解答は正しかったようで、なまえは無言で目を細めた。ストローをくわえる唇が満足そうに弧を描いている。感覚を共有できて嬉しいんだ、と手にとるように分かった。
あぁやっぱり、この子のこういうところが好きだ、と思うと同時に優越感。ほらね、俺はきっとなまえと相性が良い。どっかの二股男には、どうせこういうセンスなかっただろ?
ふと、告白するなら、今じゃないかと思った。好きって言わなきゃ。底なし沼でも青天井でもなんでも良い。この気持ちはどこまでも大きくなっていくはずだ。言わなきゃ。好きって。この流れなら言える。
「あのさ!」
自分でもびっくりのデカい声が出た。
先程の店員が、斜め奥のテーブルを片付けながらこちらを見たのが視界の端からわかってしまった。慌てて下を向く。か、顔が、顔が熱い。
「はい」
どぎまぎしている俺とは対照的に、なまえはゆったりと返事をした。背筋を伸ばして、畏まった風に俺を見ている。相変わらず、洞察力があって勘が鋭い。これから、大切な話があるのだと察知したんだ。
ねぇそんなに敏感なのにどうして、俺の気持ちにはいつも無頓着な態度を取っているんだろう。
「あの、あのさ、なまえ?」
情けない声。
「はい」
「今日……楽しかった?」
「うん」
なまえが柔らかく微笑む。「楽しかったよ」
そう、その答えが返ってくることは分かりきってた。今日がどんな1日だったとしても、なまえは必ず同じ答えを口にするんだ。口角を上げて、目尻を下げて。
「俺も、すごく楽しかった。なまえといると、あっという間に時間が過ぎてく」
「私も。今日は本当にありがとう」
少し前の俺だったら、この言葉だけで馬鹿みたいに喜んだんだろう。だけど、今はただ不安が込み上げてくるだけだった。
だって、おかしいんだよ。性格が良すぎる。異常なほどに。今まで3回のデートの中で、なまえは一度だってわがままを言わなかった。俺の意見に従ってばっかりなんだ。所謂イエスマン。多分、誰の前でも。