第17章 Soliloquy(菅原孝支)
「お待たせ致しました。アイスコーヒーでーす」
せっかくの良い感じの空気を引き裂くように店員さんの再登場。なまえの無言の抵抗が一層強くなったから、敢えて一瞬だけ間を置いて、パッと手を離して両手を膝の上へと戻した。
「ありがとうございます」
グラスを置いてくれた店員さんをにこやかに見上げれば、先程と変わらない愛想の良い笑顔を向けてくれた。「ごゆっくりどうぞ」とお辞儀をして踵を返したその背中に、思わず賞賛の念を送ってしまう。
例えばもしも、あの人が昨日カレシに振られたばっかりだとしても、男女が手を握っているテーブルに果敢に踏み込み、笑顔でドリンクを配らなければならないのだ。やっぱ接客業って大変だ。お疲れ様です。悪態はバックヤードで吐いてください。
ーーーなんにせよ、これで最初に見とれちゃったことはチャラになっただろ。多分。
なまえの表情を確認してみる。と、彼女は、コーヒーの黒にミルクが樹海のように広がっていく様子を熱心に観察していた。
あ、全然気にしてないのね。
また心が折れそうになる。相変わらず、全てに対して俺への興味は薄いみたいだ。
今日1日のデートだけでも、何回アタックしたかわからない。今のところ全てが不発だ。こんなにあからさまにアピールしてるのに、左から右へと受け流されるのは、なまえが天然だからじゃない。多分、全部気付いてる。気付いてるから、気付かない振りをしてるんだ。
はぁ、と無意識のうちにため息が出た。なまえがピクリと顔を上げる。ほらね、こんな小さな不穏にも感づいた。
「菅原くん、疲れちゃった?今日1日、歩き回ったもんね」
なまえが気持ちを汲み取るように聞いてくる。とっても良い子だ。気遣いのできる、優しい子。俺が暗い顔してちゃ不安にさせちゃう。
「やーほんとほんと。やっと座れたって感じ」
わざと明るく言って歯を見せながら、腹に力を入れて背筋を伸ばす。
ーーー怖じ気づくなよ菅原孝支。落ち込んでる場合じゃないぞ。勝負はこっからなんだから。
昨夜寝るとき、朝に鏡を見たとき、この店の扉を開けるとき。
心の中で決めていた。今日。告白をするなら今日だ、って。