第17章 Soliloquy(菅原孝支)
「今の店員さん……可愛かったね」
注文を取り終えてすぐ、なまえが内緒話と同じトーンで話しかけてきた。
ほらね、やっぱりバレてる。
「なー?印象良いよな。あ、っていうかさ」
今だ、とすかさず彼女の右手を指差す。「なまえ、今日指輪つけてんだな?」
「え……?うん、安物だけど」
おしぼりを持ったままなまえがきょとんとした顔をした。よし、そういう言い方をするってことは、誰かからのプレゼントじゃないってことだ。
「朝からさ、ずーっと可愛いなーって思ってたんだよ。見てもいい?」
テーブルに肘をついていた腕を伸ばして、彼女の手をとろうとした。だけど、影のように逃げられる。
「ほんとに安物だよ?」
手を引っ込めたなまえは苦笑しながら指輪を外しにかかっていた。細い薬指からするりと離れて、はい、と手渡されるシルバーリング。
「……ありがと」
これは親切というものなのか、それとも”手を握られたくない”という拒絶なのか。
———こういうのって、結構、凹むんだよなぁ。
作戦失敗。気を取り直して、受け取った指輪を眺めた。
細い2本の線が交差しているデザイン。シンプルだけど、繊細で、洗練されている印象を受けた。照明にかざすと、絡み合った線の隙間からキラキラ光が零れて綺麗だ。へー、と素直に感心してしまう。
「なまえって、センスいいよなぁ。これほんとに安物?買い物上手じゃん」
オーバーに褒めてあげると、また目が合って、すぐ逸らされた。だけど、僅かに口元が緩んでいるのが見えて、あ、これはいい感じだぞ。と思ってリベンジに動く。
ゆっくりと彼女の右手をとって、テーブルの真ん中へ引き寄せる。と、今度は拒絶されなかった。
未だ慣れない、異性の柔らかい手の感触に心臓がドキドキしてしまう。けど、
「いいよなー、こういうアクセサリーって。なんかさ、女子、って感じだよな?」とさりげなく、あくまでもさりげなく薬指に指輪をはめてあげる。
「ふふ、女子だもん」
彼女ははにかみながら椅子に浅く座り直した。逃げられる、と思ったから、相手の目を見て、わざと握った手に力を込めて離さなかった。少ししつこいかもしれない。でも、この空気は悪くない。