第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
木葉がこくこくと首を縦に振るのを確認してから、赤葦は、お願いしますよ、と最後の釘を刺して踵を返した。当然のように、なまえにも軽く頭を下げて。
そして彼は開いたままのドアを敷居をまたいで振り返り「それでは、」と澄まし顔で皮肉めいた風に言葉を発した。
「お邪魔しました。引き続き、おふたりでごゆっくり」
「あっあっ、あかーし!?」
「わかってますよ」
そこではじめて、赤葦は無表情を崩した。ニヤリと笑って、口にチャックの仕草をして去って行ったのだ。
他の部員には、特にあの問題児の主将には、貴方がその女子に何をしようとしていたのかは内緒にしますよ、という意思表示。
「~~~っ、あいつ……!」
完全に後輩におちょくられ、木葉は今度こそ赤面した。あの様子から察するに、きっとだいぶ前から見られていたのだろう。もしかしたら、赤葦にとってある種神聖な意味をもつバレーの話題をダシにして、隣で下を向いて黙り込んでいるこの女子生徒にセクハラ紛いのことを試みたことが彼の癇に障ったのかも。
そう考えて、あー、もう格好悪ぃ、と木葉は髪の毛をわしゃわしゃと掻いて上を見た。「あのさぁ、みょうじさん」と途方に暮れて呼びかける。「カラオケ、やっぱ止めにしよっか」
「え、」
なまえが驚いたように顔を上げた。あれは冗談ではなかったのか、と言いたげだった。
「代わりにファミレス行こーぜ。その……」
英語、教えてくんない?と木葉はバツの悪そうな顔で彼女を見た。「俺、全く勉強してないからさ」
「………」
「お願いしますよ」
「や、なんで、なんで私?」
「他にいないし」
でも、となまえは立てかけられているギターを見た。「私、木葉くんほど英語の発音良くないし」
「ひょっとしてあの歌のこと言ってんの?」
木葉は鼻で笑い飛ばした。「歌詞の意味なんてわかってねーよ。ほら、帰る準備しよーぜ」
「いや、でも」
「俺のこと嫌い?」
「や、別にそういうわけじゃ」
「あのさぁ、みょうじさん」
木葉は呆れたように彼女を見た。「頼むから俺のこと、そんな怖がんないでよ」
「…………」
「さっきの意地悪は謝るからさ」
「ん゛」
「俺はもう少し慎重になるべきだったよな。ごめん」
「……あの、」
「ん?」
「私に何を求めてるの?」