第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
急激に縮んだ距離に焦る彼女と対照的に、木葉は落ち着き払っていた。部活で培った弛緩のための呼吸法、姿勢、視線、意識の置き場所。そういったことを思い出すことで冷静になれた分、今の状況に思考がやっと追い付いたのだ。
放課後の二人きりの教室、窓辺、向き合う男女。この状況を利用しない手はないとばかりに薄く笑って、ぎこちなく逃げようとする彼女の肩を引き寄せる。
「こここ、木葉くん」
「………………」
「え、え、え、え、」
「………………」
「なんか喋って!」
木葉はなまえの顔を覗き込み、そしてじっと待っていた。目の前の少女は冗談を受け流す事が苦手なだけで、今、この場において正しく求められる振る舞いができるくらい賢明であることはよく知っていたから。だから彼女が抵抗しようと身じろぐ様子を見せたとしても、木葉は満足そうに目を細めるだけで沈黙を保ち続けた。やがて彼女が諦めたように動きを止めると、彼はその華奢な肩を押さえていた長い指を滑らせる。右手を相手の頭の後ろに、左手を細い腰へと回した、瞬間、
「木葉センパイ」
「「!?」」
2人は大きく飛び上がった。木葉は銃を突きつけられた犯人の如く両手を上げて、慌てて教室の戸口を振り返る。
「げ!赤葦」
「お疲れさまです。先輩」
「いつからいたんだよ!?」
「何の話ですか?」
ドア付近に無表情で立っていた赤葦京治は、「今来たとこですけど」としれっと言った。そして木葉“センパイ”なんて白々しい呼び方をした彼は、俺は早く帰りたいんですといった雰囲気で、真っ直ぐ教室の中へと入ってきた。もちろん冷静で強かで、ある意味度胸の座った性格の人間は、目上の女性に会釈をする礼儀正しさも忘れない。