第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
バレーの話なんて半分も理解できなかったであろうなまえは、突然熱く語りだしたクラスメイトに驚きぽかんと固まっていた。しかし木葉と目が合うと、みるみるうちにその表情は柔らかみを帯びていき、しまいには口元に笑みさえ浮かべ始めた。「よかった」と彼女は言った。
「木葉くん、ちゃんとバレーに本気なんじゃない」
「そ、かな?」
視線が困惑したように宙を彷徨う。「自分じゃよくわかんねーや。何に対しても必死になれてない気ぃするんだけど」
「じゃあ、脱力が上手いんだね」
「え?」
木葉はパチパチと瞬きをした。脱力?と聞き返すと、なまえはこくんと頷いた。「私ね、いつも目の前のことで一杯一杯になっちゃうから、そういうの羨ましいな」
彼女は申し訳なさそうに相手を見上げた。あぁ、と木葉は納得したように呟いて、いつものようにひと呼吸をした。「なるほどね」と彼は言った。そのたったひとつの行為によって、彼の表情にかかっていた狼狽の影は、跡形もなく消え去った。
「みょうじさん、いいこと言うね」
「ん゛っ………ご、ごめん」
「なんで謝んの?」
「偉そうなこと言っちゃったから……」
「んなことないって」
木葉は目の前に立つ、同い年の少女を見つめた。いつも教室の談笑からは外れた場所でこちらを見ている、消極的なクラスメイトの女の子。自分が密かに抱えていた悩みの種に、初めて建設的な意見をもたらした稀有な存在。彼はその細い瞳の奥に、一瞬深い煌めきを走らせた後、それまでとは違った色を滲ませた。
「知りたい?」
「えっ?」
「脱力のコツ」
みょうじさんにだけ特別、教えてあげる。と秘密めいた口振りで、木葉は彼女に向き直り、そして1歩近づいた。「”頭1つ分、上の空気”」
「なに、それ?」彼女は警戒の目を向けた。
「コーチが試合前によく言うのよ。緊張したり、相手の空気に呑まれそうになったりしたら、口の前の空気じゃなくて頭1つ分上の空気を吸うつもりで息をしろ。って。そしたら、なんっつーか、スッと姿勢が良くなって、周りが見えるようになるってさ。あとは、こう、肩の力を抜いて……」
木葉は流れるような動きでなまえの両肩に手を置いた。小さな身体がびくりと跳ねる。
「え、え?あのあのあの、」
「はいはいはい、力まないで。リラックスぅ」