第15章 そよめきなりしひたむきなり(木葉秋紀)
「こ、木葉くんのことも見たよ。すごいね」
「すごくねーよ」
彼は彼女のほうを振り返る。ううん、すごいよ、と否定が重なる。
「私、運動できないからみんな上手く見えたけど、かっ、」
そこで声のボリュームが一気に下がった。「………格好、良かったよ」
小さく呟かれたその言葉の後、長い長い沈黙が訪れた。誠に残念なことに、彼女の目は木葉の薄い腰に巻かれたベルトの、留め金部分に向けられていた。もし視線を上げて、相手の目を見る勇気を持っていたなら、ひどく狼狽した彼の顔を見ることができたのに。
「………マジ、ですか」
「あ、はい……あの、軽快、だったよ」
「や、それ、パワーないだけ。身体だってこんなひょろいし」
木葉は左の肘を持ち上げてすぐ、その筋肉の少ない、透き通るように白い腕にはたと目を止め、慌てて背中の後ろに戻した。「吹っ飛ばされないようにすんので精一杯」
「でも、バレーなんて楽勝、って感じに見えた」
「ややや、本気でやってないだけだっての」
それから彼は、動揺を悟られまいと喋り始めた。彼は他人から面と向かって、とりわけ目の前にいる彼女から褒められることに慣れていなかった。だからチームのエースで、且つ主将である有名人の名前を引っ張ってきて、いかに自分と違って無駄に本気で生きているのか、そしていかに面倒くさい人間で、馬鹿なことをたくさんしてきたのか、という話題ににすり替えた。その人物にまつわる鉄板ネタならいくらでも持っていたから、幾つか彼女に話して聞かせて、けれどバレーに関してだけはムカつくけれど天才的だと認めてあげて、自分はパワーで勝てない代わりに、テクニックや戦術を見極めたプレーをしているのだと調子良く語り上げた。しかしそれでもやっぱり、自身との埋められない実力の差についての話題に戻ってしまい、最後には
「……あいつはさ、卒業したら俺の手の届かないところに行っちゃう気がする。俺なんかよりずっとずっと、高いとこ」
そう締め括ろうとして、はっとしたように口をつぐんだ。長く会話を独占してしまったことにようやく気が付き、彼は視線だけ動かして、黙って聞き役に徹してくれたなまえの様子を恐る恐る窺った。