第5章 脹相〜柔軟剤〜
「ねえ、脹相」
「何だ」
「今日、買い物付き合ってよ」
「ああ」
「じゃあ行こう」
私は立ち上がる。
脹相も後を追う。
玄関で靴を履いていると、私が先に立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
「俺も行く」
その瞬間。
ふわりと香る。
脹相は一瞬だけ目を閉じた。
やはり。
甘い。
ほんの少しだけ。
けれど確かに、自分の知っている香りより柔らかい。
「……」
「脹相?」
「何でもない」
また同じ答え。
私は首を傾げるだけだった。
外へ出る。
並んで歩く。
人混みで離れそうになると、脹相が私の手を取った。
「はぐれるな」
「うん」
手を繋いだまま歩く。
距離が近い。
だから、また香りがする。
脹相は何も言わない。
ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
できるだけ、この距離を保っていたかった。
「なんか今日、脹相近くない?」
「そうか?」
「うん」
「……人が多いからだ」
「そっか」
私は何も疑わず笑った。
脹相はその横顔を見る。
そして、心の中でだけ呟く。
――俺にしか分からない。
同じ香りなのに。
お前だけ、少し甘い。
それが何故なのかは分からない。
けれど、きっと理由なんてどうでもいい。
自分にとって、お前が特別だから。
そう思えば、それだけで十分だった。