第5章 脹相〜柔軟剤〜
「おはよー」
玄関から悠仁の声が聞こえた。
キッチンから顔を出すと、悠仁はいつものように笑って手を振った。
「脹相いる?」
「いるよ。たぶん部屋」
「そっか」
悠仁が靴を脱いで上がる。
少しして、脹相が部屋から出てきた。
「悠仁か」
「おはよ、脹相」
「ああ」
いつもの二人。
私は三人分の飲み物をテーブルに並べた。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「ああ」
そのとき、悠仁がふと鼻を動かした。
「……あ」
「どうしたの?」
「いや、二人とも同じ匂いするなって」
「そう?」
私は笑った。
「同じ柔軟剤使ってるからね」
「やっぱりそうなんだ」
「ああ」
脹相も頷く。
悠仁は納得したように笑った。
「なんか、二人で暮らしてるって感じする」
「そう?」
「うん」
私は自分の服の袖を嗅いだ。
「そんなに匂いする?」
「するよ」
「脹相も?」
「……ああ」
脹相はそう答えた。
けれど。
本当は、少し違う。
脹相には分かっていた。
同じ香りなのに。
〇〇からする香りだけが、ほんの少し甘い。
洗濯した服から香る匂いは同じだ。
柔軟剤も同じ。
洗い方もほとんど変わらない。
それなのに。
〇〇が隣を通ると、ふわっと柔らかな香りがする。
脹相の鼻には、それが少し甘く感じられる。
それは、ずっと前からだった。
初めて気づいたときは、気のせいだと思った。
けれど何度も同じことが起きる。
〇〇が髪を乾かしたあと。
洗濯物を取り込んだあと。
ソファに座って隣に来たとき。
いつも同じ。
同じ香りなのに。
〇〇のほうが、甘い。
「脹相?」
「……何だ」
「さっきからぼーっとしてるけど」
「いや」
脹相は視線を逸らす。
「何でもない」
「またそれ」
私は笑った。
悠仁も笑う。
「脹相、最近それ多くない?」
「……そうか」
脹相は二人の会話を聞きながら、密かに息を吐いた。
――気づかれていない。
それでいい。
これは、自分だけが知っていればいい。
〇〇が少し甘く感じることも。
その香りが好きなことも。
近くにいると、つい意識してしまうことも。
全部。
誰にも言うつもりはなかった。