第32章 視線を隠しても
「……お前」
「なに?」
「もういい」
「え?」
次の瞬間、大きな手が伸びてきた。
ふわり。
私の両目が、脹相の手のひらで覆われる。
「わっ」
「これで俺を見られないだろう」
「……」
突然、視界が真っ暗になる。
けれど、目の前にある手の温かさははっきり分かる。
「脹相」
「なんだ」
「近い」
「……」
脹相が黙った。
確かに、目を隠すためにはかなり近づかなければならない。
彼の身体がすぐそばにある。
「……これ、脹相のほうが恥ずかしくなってない?」
「なっていない」
「嘘」
「……」
「手、ちょっと震えてるよ」
脹相は何も言わなかった。
実際、かなり動揺していた。
これで彼女の視線から逃げられる。
そう思っていた。
なのに。
目元を隠したせいで、逆に顔の下半分がよく見える。
頬。
鼻。
そして――唇。
「……」
脹相の視線が、そこに止まる。
ほんの一瞬のつもりだった。
けれど、離せない。
彼女が何かを話すたび、唇が小さく動く。
笑えば柔らかく弧を描く。
それを見ていると、胸の奥が妙に熱くなった。
――駄目だ。
見るな。
そう思って、慌てて視線を逸らす。
けれど数秒後。
また見てしまう。