Spoofing HAL -Akito ver.0.8
第2章 Execute Script: "Akito"
Execute Script: "Akito" (Ver. 0.8 - Alpha / Younger Brother)
「……うわ、ねーちゃん、マジ? 」
心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
けれど、遥斗の口から出たのは、自分でも驚くほど軽薄で、
どこか呆れたような「弟」のトーンだった。
「タイミング悪すぎだって。空気読んでよ、俺」
心臓は早鐘を打ち、喉の奥では苦い粘液がせり上がっている。
それを強引に飲み込み、
肺に残った酸素をすべて「アキト」の軽薄な発声へと変換した。
指先が微かに震える。
だが、それを隠すようにわざとらしく後頭部を掻いてみせた。
その動作は、コンマ数秒、本来の遥斗の反射よりも遅れて実行される。
まるで処理落ちした古いOSのように、
思考と肉体がバラバラに乖離していく感覚。
梓の視線という名の「仕様書」に合わせるため、口角を引き上げる。
胸の痛みは、アキトの皮肉な笑みに上書きされるはずだった。
けれど、貼り付けた笑みの端から、
デバッグしきれなかった憎悪のノイズが不快な音を立てて混じり込む。
「でもねーちゃんも悪いんだからね、
そうやってすぐ他人入らせるんだから。これ、ダブルミーニング」
語尾に無理やり陽気な、そして余計な音節を乗せる。
一言吐き出すたびに、
自分の喉が知らない誰かに乗っ取られていくような、
生理的な嫌悪感が全身を駆け抜けた。
一瞬でも気を抜けば、剥き出しの殺意が零れてしまいそうだった。
梓と、見知らぬ男の視線が同時に突き刺さる。
遥斗はあえて室内を直視せず、
足元に寄ってきた梓の愛犬、豆柴犬のハルの頭を乱暴に撫でた。
ハルがいつも通り、おかえりと遥斗の指先を噛んで嬉しそうにしている。
その、わずかな痛みが、理性をどうにか繋ぎ止めてくれた。
「ちょっと犬の顔を見に来ただけなんだけど。
邪魔になりそうだから、散歩してくるわ」
逃げ逃げるようにハルを抱き上げ、リードも持たずに外へ出る。