Spoofing HAL -Akito ver.0.8
第4章 #H01 _Character_Akito
――後日、彼女のデスクの上には、
書き上げられたばかりの1枚の原稿用紙が残されていた。
新作:『偽典のハルシオン』
(第3話:ベランダの断絶 ―― 梓による最終稿)
秋人は、隣で震える男の手首を、まるで壊れやすい硝子細工でも扱うような手つきで、そっと、だが逃げ場を奪うように包み込んだ。
夜風に溶ける紫煙。男の呼吸は浅く、先ほどまで姉――深雪が与えていた情事の残滓に、未だ浅ましく溺れているようだった。
「……お兄さん、教えてあげる。姉さんの、本当の壊し方」
秋人の声は、驚くほど澄んでいた。そこには嫉妬も、焦りも、苛立ちも一切ない。ただ、聖域を分かち合う者だけが持つ、残酷なまでの「正解」がそこにあるかのようだった。
彼は男の手を引き、宙に、あるいは見えない肌の輪郭をなぞるように、優雅な手つきで誘導する。
「そこじゃない。……ここ。この筋を、爪を立てないように、でも、肉が軋むくらいに。……そう。そうすれば、姉さんは声も出せずに、ただ喉を震わせて、あんたの名前を呼ぶのを忘れるから」
男の喉が、引きつった音を立てて鳴った。
秋人は、男の顔から血の気が引いていくのを、至近距離で、一滴も漏らさず観測していた。
「あんたが今さっき見てたのは、ただの演技だよ。姉さんは、誰にでもあんな顔を見せる。……でも、今俺が教えたのは、俺しか知らない姉さん。あんたが一生、辿り着けない場所」
秋人はふっと、満足げに微笑んだ。
煙草を指に挟んだまま、ただ静かにその火を、夜の闇に押し付けて消した。
「家族だからね。隅から隅まで、愛し抜いてるんだ。……あんたなんかが、汚していい人じゃないんだよ」
言い捨てると同時に、秋人は音もなく、ゆっくりと扉を閉めた。吸い込まれるように、滑らかに。
男の狼狽も、夜風も、すべてを厚いガラスの向こう側へと〜……