Spoofing HAL -Akito ver.0.8
第3章 Process "Akito" Terminated
静寂が戻った部屋で、梓がソファに深く背を預け、満足そうに呟いた。
「……今の脚本、安っぽい。けど合格」
自分の膝に頭を預けたままの遥斗を、上から覗き込むようにじっと見下ろす。
前髪の隙間から覗く瞳、
強張った肩、
そして今しがた、狂気を吐き出したばかりの唇。
その視線が、遥斗の輪郭をゆっくりと、執拗になぞっていく。
「嫉妬で怒鳴り散らす、それより、ずっといい。
……実の姉の弱点を他人に教えて悦に浸る、狂った弟。
見た?あの男の、引きつった顔」
それは彼女なりの、最大級の有用性の肯定だった。
けれど、遥斗は内側で冷たい汗をかいていた。
「弟」を演じて男を追い出す。
そこまでは、強制実行されたスクリプト通りの挙動だったはずだ。
けれど、あの男に彼女の弱点を教え、
優越感に浸ったのは、決して『アキト』のスクリプトではない。
自分の目の前で、
この部屋の仕様に、
梓というOSに、
見知らぬ他人の権限が不正に介入したという事実。
その、整えたはずのシステムにノイズを混入されたような
生理的な不快感に、自制心が焼き切れただけだ。
あの男などより、自分の方がこの部屋の構造を、
彼女という人間を、深く把握している。
この男には一生アクセスできない階層を、自分だけは独占している。
それは本来、
彼が絶対に見せてはいけないはずの
「遥斗」としての醜悪な独占欲の端くれだった。
なのに、彼女はそれを「狂った弟の役作り」として絶賛している。
遥斗という人間を評価しているのではない。
遥斗が抑えきれずに漏らしたバグが、
彼女の物語を構築するパーツとして、この上なく刺激的だった。
それだけのことだ。