第4章 第四話
小さく彼女が頷く。足を擦り合わせる彼女の動きに合わせて艶やかな黒髪が揺れる。だが今日は結い上げられているのもあって、髪で彼女の表情が隠れなかった。
「目標が、できたんです」
俯きながらも、彼女は確かに表情を緩めていた。
……なぜ、そんな顔をする。彼女の事柄において分からないものをそのままにしておくわけにはいかない。理由を知りたかった。さらには彼女が掲げた目標も知らずにはいられない。
「目標か、……それは?」
「……すみません」
「言えないようなことか」
秘匿するような事でもないだろう。ややぶっきらぼうに鬼道が眉間に皺を寄せながら彼女に聞く。いつもなら、鬼道がこんな顔をすれば彼女は顔を逸らし、背を丸めて縮こまるだろう。
「はい。……ですが」
だが、彼女は俯き、ジャージの前を寄せたものの、鬼道から顔を逸らさなかった。それどころか、頬を赤らめながら唇をきゅっと結ぶ。そして照れくさそうに口を開いた。
「鬼道さんが、もっと速く走れると……そう仰ってくださったから」
彼女の声は小さくも部屋の中に凛と響く。それは、鬼道にとってとんでもない殺し文句だった。
「……っ」
漲る熱が鬼道の全身を犯す。彼女の言葉が本当にその口から発されたものか。俺の都合のいい幻聴だろうか。真偽を疑いながら、突如として出現した動悸が治まらない。火が出るほど熱くなった頬を隠したくて、鬼道は口元を手で覆う。
「そ、うか……」
高揚する気持ちのせいで上手く声が出ない。彼女が俺の言葉を聞いてくれた。俺の言葉を信じ、目標の糧としたと……?
もはや手のひらで転がされている気分だった。彼女はただ無垢で、人並みの信頼を鬼道に寄せているだけだ。鬼道にとっては特別な言葉でも彼女に他意はないのだろう。 鬼道を弄んでいる訳でもない。