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鬼道有人の初恋

第4章 第四話




 何がだ、と聞き返さないことが今の鬼道にできる精いっぱいだった。彼女の放った言葉の意味が分からない。今の彼女の姿は”みっともない”とは程遠い。

 恥じらいに髪を掻きあげる仕草。そこから覗く桃色に染まる彼女の頬、星の瞬きのような輝きを放つ瞳。走っていた直後だからか。この部屋で見てきたどの彼女よりも生き生きとして、より鮮麗に瞳に映る。

「みっともないなんて、思うわけないだろう……」

 熱に逆上せた声で鬼道は呟く。だが、美しいだけで今の彼女が片づけられないことも鬼道は瞬時に悟った。彼女の姿は、瞬間的に鬼道の心を焼き尽くす。

 彼女の姿を見つめていると、むしろ心だけでなく全身が熱に浸されそうになった。

 ジャージを羽織った程度では隠しきれていない。セパレートタイプの練習着からすらりと伸びた下肢、白くくびれた腹 。

 さらには黒髪がまとめあげられていることによって、細い首筋も惜しげもなく晒されている。……その白い柔肌がうっすらと汗で濡れ、艶やかさを放つのは……。鬼道の中によからぬ感情を掻き立てた。

 グラウンドに立っているときの彼女は高潔そのものだ。なのに、今の彼女は。

 狭い密室の中でこの彼女の姿を、鬼道はただ清廉なだけだと言い切る自信がなかった。

「……いや」

 ズレてもいないのに鬼道はゴーグルに触れ、調整を行うふりをする。

 自分を待たせまいとした彼女の健気な行動、それとは裏腹にぞっとするほどの色香。感情は踊らされるばかりだ。……そして。

 ――――この格好ではここまで来たのか?

 当然の事実が鬼道の中に懸念を生む。の姿を他の誰かに見られたのではないか。その可能性を考えると鬼道の胸には微かに苛立ちが立ち込めた。

 他の誰も見ることは許されない。そんな身勝手な衝動が鬼道の意識を抜ける。

「とにかく……座れ、」

 鬼道の内心は手の施しようがないほど搔き乱されていた。数多の感情を通り越し、いっそ冷静沈着とした声で鬼道は隣にを呼んだ。は会釈しつつ鬼道の隣に腰を下ろす。

 だが、いつもよりも心なしか座る位置に距離があった。意味不明な距離にも面白くなさを感じたが、ひとまず言及せずに貴重な時間に鬼道は目を向ける。

「よほど……、熱が入っているようだな。陸上に」
「……はい」
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