第4章 第四話
歓喜に震えるようなことでもない。彼女にとっては些末な疑問なのだろう。
だが、目前のグラウンドで彼女の練習に役立つかもしれない事象が無数に転がる中。それでも彼女が質問をするだけの興味を抱いたのは、鬼道に対しての事柄だというのだ。
「あ、ああ……、これか」
彼女の発言も、まるで鬼道をずっと見ていたかのようだった。
自惚れかもしれないと思いながら、鬼道は逸る鼓動を抑えきれない。心が彼女への想いで満たされる感覚に酔いながら言葉を紡ぐ。
「そうだ、練習や試合の記録を取っている。分析すればチームの強さも弱さもはっきりする。無論、俺個人のものもな。書き出すことで形として見えてくるだろう」
冷静を装った声で鬼道は語る。彼女の方に手帳を差し出し、熱に震えそうになる指先でページを捲った。彼女にはすべてを明かしても構わないと、その小さな手に己の記録のすべてを明け渡す。
興味深く彼女が手帳を覗き込んだ時、嫋やかな黒髪が流れるようにするりと肩から落ちた。意図などないのだろうが彼女から寄せられた距離に、思わず鬼道は呼吸のペースが分からなくなる。
無防備に身体を寄せ、手帳に細かに書きこまれた鬼道自身の文字を彼女は真剣な眼差しで見つめている。時々、鬼道の書き込んだ言葉を細い指でなぞった。
彼女の指がページに触れるたび、脈が喉を締め上げて呼吸が浅くなる。彼女の一挙一動に、鬼道の心臓は爆発寸前だった。
「……お前もやってみるといい」
かろうじて裏返るのを阻止した声で鬼道がにそう告げた。はそっと手帳から顔を上げて鬼道をじっと見つめた。
いつもよりも距離が近い。言葉を求める彼女の瞳に振り子のように心を揺さぶられながら、鬼道は心を押さえて言葉を吐く。
「結果を記録して振り返ることで自己を俯瞰的に見られる。きっと、お前の走りの役にも立つはずだ」
「俯瞰的に、見る……」
おずおずと、だがはっきりと。彼女は鬼道の言葉を口に出して繰り返した。鬼道にとってはそれは自身の言葉が、彼女の中に残った証のように思えた。
「そうだ、お前が記録を出すための糸口も見つかるだろう」
己の選んだ言葉が、彼女にとって魅惑的な殺し文句であることを願って鬼道は囁く。
「やり方が分からなければ俺が教える」