第21章 乳母
夏の始め頃。朝の定刻にトレーネスは乳母から起こされ、眠い目を擦りながら身支度を始めた。
顔を洗い、髪を梳かして整え、服を着る。仕上げに乳母から不備がないかを確認してもらった。
「襟が曲がっております」
トレーネスの首元に両手が近付き、そっと襟を整えた。
最近は一から十まで乳母がやってくれるわけではなくなった。自分で身支度が出来るようにと、乳母は支度が終わるまで近くで見守ることに徹している。
朝起こしたり顔を洗う用の水盆を用意してくれたり、服を選んでくれたりは従来通りだけれど、用意されたものを自分でどうにかするよう方針が変わっていた。
少しずつ男性使用人に世話をされる機会も増えてきている。
自分の生活の中から乳母の介入が意図的に減らされ始めていることを、トレーネスは理由は分からずとも察していた。
「……」
その日の夕方、庭を1人で散歩しながらトレーネスは考えた。
このままではどんどん乳母離れが進み、そうなると最終的に自分はソーニャと会えなくなる。
生まれてからずっと傍に居てくれた人が日常から消えるのを想像し、トレーネスは垣根の傍にしゃがみ込んで涙を拭った。
「ずっと一緒がいいのに……」
鼻を啜りながら呟くも、どうしていいか分からない。解決策を教えてくれる人間もいない。
離れずに済むにはどうすればいいのか。そんなことを考えて過ごしている内に、トレーネスは1つの心当たりに辿り着いた。
結婚だ。
今まで読んできたおとぎ噺でも、男と女が愛を誓って末永く一緒に暮らしたという終わり方がいくつも存在した。
「……!」
閃いたとばかりにトレーネスが立ち上がる。
こんな簡単なことになぜ気付かなかったんだろう。こうしてはいられない、とトレーネスは遠くで手入れをしている庭師の方へ駆け寄っていった。
日が傾いた夕食前。トレーネスは食前の着替えのために自室に戻る前、庭からの出入り口で乳母と合流した。
「トレーネス様、御髪に葉っぱが付いております」
縁に小さな切り込みがたくさん入ったような葉の欠片を乳母がそっと摘み、トレーネスの頭から取り払う。
「あ、ありがと……」
トレーネスは両腕を後ろに回したまま、気恥ずかしげに俯いた。