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愛しのサプフィール

第20章 再訪


「ポルーシャは」
二の句を継ごうとしたサプフィールを遮るように、カストーリヤが口を開く。
「ポルーシャはもういません。あの子は、もうこの屋敷に帰ってきません」
言いながら、手に持っていたティーカップをソーサーに戻した。カタタ、とソーサーとカップの底がぶつかり合う音が短く響く。
「か、帰ってこないということは……どこかに嫁がれたのですか?」
年頃の娘が家を出てもう帰ってこないなんて、大体はそれくらいしか理由がない。おそるおそるサプフィールが聞くも、カストーリヤは一点を見つめながら呟く。
「…………嫁いだ、んでしょうか」
目線はどこにも向けられていなかった。虚空を凝視しながら、カストーリヤが続ける。
「数週間前、ポルーシャはこの家から消えました。若い馬丁と馬と一緒に。……おそらく、駆け落ちというものでしょう」
「か、駆け落ち……ですか」
カストーリヤの様子と話題に萎縮しながらサプフィールが相槌を打つ。
「ポルーシャが消える前日の夜、あの子は馬丁にどれだけ思いを寄せているのかをわたくしに熱心に話そうとしていました。平民に懸想するなと度々言い聞かせていたのにまだ諦めていなかったのかと。それで……つい、我慢ならずに平手で殴ってしまいました」
カストーリヤの顔から少しずつ笑みが消えていく。目は揺らいでいた。
「いい加減にしなさいって怒鳴って、それっきりで……翌日、起きたらポルーシャはもう、どこにもいませんでした」
時折、歯の根が合わなくなったようなカチ、カチという音がわずかに聴こえる。
サプフィールは焦って立ち上がり、そのままカストーリヤの隣に寄り添うように座った。
「カストーリヤ嬢……」
何と言っていいか分からないままサプフィールはハンカチを取り出し、カストーリヤに渡そうと近付ける。
しかし涙を流しているわけではないことに気づき、おろおろと空中にハンカチを彷徨わせた。
それをカストーリヤが手ごと掴んでそっと下ろさせる。
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