第19章 授業
そのまましばらく撫で続けていると、伏せていたシャリクが顔を上げトレーネスの後ろを気にするような素振りを見せた。
「どうしたの、シャリク」
聞くや否や、背後から馬の蹄の音が近付いてきた。
屋敷の方からだ。家庭教師がまだ帰ってなかったのかな、とトレーネスが振り返る。
見ると灰色の馬がこちらに向かって走ってきていた。その背に跨っている父と目が合う。
「お父様……どこか出掛けるんですか?」
馬の歩調を緩めながら寄ってくるスヴェトザールに、トレーネスが問いかける。
「ああ。これから近場の製粉所まで行くつもりだが、一緒に来ないか?」
「は、はい……行きたいです」
頷くのを見て、スヴェトザールが馬を停めて降りる。愛馬の手綱を手にトレーネスへ近寄った。
そのままトレーネスをひょいと抱えて馬の背に乗せ、鐙に足をかけてスヴェトザールもまた鞍に跨る。
父親に背を預けるような体勢で座らせられたトレーネスは少し面食らった様子でスヴェトザールの腕を掴んだ。
「腕は危ないから鞍の前を掴んでいなさい」
「はい……2人で乗って、ヴェスニャクは大丈夫ですか?」
「馬は力持ちだし、お前もまだ軽いから問題ない」
そう言って、スヴェトザールは愛馬の脇腹に脚で合図を送る。
「じゃあね、シャリク」
手を振るトレーネスに、シャリクは欠伸をしながらまた地に伏せた。
2人を乗せたヴェスニャクは常歩で門から出て行く。
父の両腕の間で揺られながら、しばらくトレーネスは周辺の景色を眺めていた。
遠目に、農民たちが作業しているのが見える。牛に引かせて畑を耕しているようだ。
春が近くなっているとはいえ、空気はまだ冷たい。馬の速度に合わせて冷風が体に吹きつける。
溶け残る雪の下には新しい芽が生え始めている頃だろうか。裸の木々を横目に、ヴェスニャクが進み続ける。
幸い、曇り空は終わりそうだ。雲の端から陽光が透けて見えていた。
「……くしゅんっ」
寒さのせいか、それとも雲の隙間から太陽が顔を出したせいか、くしゃみが出た。口元を抑えるために、トレーネスは咄嗟に鞍の前から片手を離す。
その瞬間、体がバランスを崩して片側に倒れ込みそうになった。