第16章 丘
斜面によろめくサプフィールの手を取り、スヴェトザールが言葉を続ける。
「貴方に誘われなければ、私は延々仕事を見つけて処理するばかりになってしまいますから」
実際、領の運営に終わりはない。やることなんて山ほどある。領民や領地を守るために最善を尽くしたい。
領主でしかない自分はついそればかり考えて動いてしまう。
「もっと我儘を言ってください。貴方とこうやって過ごす間はただの男でいられます。領主としてではなく、貴方の夫として」
握る手に少し力が入る。それを握り返しつつ、サプフィールが困ったように眉尻を下げた。
「そう言っていただけて嬉しいのですが……スヴェトザール様はもっとご自身を大事にしてください。私無しでもできるはずでしょう」
「……努力します」
「体壊してからじゃ遅いですよ?」
お互いに困ったように微笑み合い、その場で足を止める。従僕たちからかなり離れてしまった。
しかし2人とも元の場所を振り返ることもせず、そのまま草地に座り込む。
サプフィールはスヴェトザールの手を握ったまま、また景色に目を向けた。
のどやかな青と緑の風景。散り散りになった白い雲がゆっくりと流れていく。その中を、黒く大きな鳥が輪を描くように飛んでいた。
「風も陽射しも……気持ちが良いですね」
目を閉じながら呟く。
肌を撫でられているような心地と、鼻を掠める青草の匂い。空高くから笛の音のような鳴き声も微かに聴こえる。
「……?」
ふと、スヴェトザールが自分の手に何かしているような感触がして手元を見る。
「どうしたんですか?」
「ああ、いえ……。貴方の手に蟻がいたので、退けようと……」
そう言いながら、そっと摘もうとしている。小さな蟻はスヴェトザールの指先の隙間から逃げ、何度も捕獲を躱している。
「なんだ。蟻くらい」
サプフィールは手を草原に近付け、シロツメクサの花の上に蟻を誘導した。
蟻はそそくさと花の上に乗り、何事もなかったかのように地面へ戻っていく。
「……」
サプフィールがシロツメクサを数本千切り、結ぼうとする。
「ちょっと待っててくださいね」