第16章 丘
初夏。サプフィールはスヴェトザールを誘って、屋敷から少し離れた丘までピクニックに来ていた。
従僕たちが大きな木の下に厚手の敷物を広げ、その上に籠やクッションを配置している最中、サプフィールは川辺を覗き込む。
「あっ、小さい魚」
スカートの前を押さえつつ、一瞬だけ視界に捉えた魚影を探そうと身を乗り出す。
「危ないですよ」
バランスを崩して川に落ちないようにと、スヴェトザールは腕を伸ばしてサプフィールの前にそっと手を添えた。
「見てくださいスヴェトザール様。そこ、カニいます」
「ええ。いますね」
土色の小さな淡水ガニがもぞもぞと岩の下に隠れていくのを2人で眺めていると、ソーニャから準備が整ったと声を掛けられ敷物の方へ戻る。
敷物の上に2人で座り、淹れられた紅茶を受け取った。
「今日……晴れてよかったですね」
言いながら、サプフィールが木陰から辺りの景色を眺める。丘の一帯は草原になっていて、遠くに畑や集落が小さく点在しているのが見えた。
風に靡く草は陽光を受けて青々と輝き、その間では蝶たちが戯れ合うように忙しなく飛び回っている。
「旦那様、奥様。軽食をどうぞ」
「ありがとう」
従僕からパンが載った皿を差し出される。薄めに切られた白パンにチーズと冷肉が挟まれていた。
手に取ったそれを食べつつサプフィールはまた周囲へ目を向ける。
自分たち以外に人影はなく、ただただ自然が広がっている。
天気が良いからか遠くの山脈がいつもより濃く見えた。
「外で食べてるだけなのに……なんだか、いつもより美味しく感じます」
「ええ。不思議ですね」
軽食を食べ終えた後もしばらく木陰でゆっくり過ごし、やがて2人は敷物から出て周囲を歩くことにした。
歩くたびに草がサクサクと音を立てて地に伏していく。
「最近、よく一緒に過ごす時間を作っていただけて嬉しいです。でも……無理してないですか?」
「とんでもない。こうして一日を使ってゆっくり過ごせるのは貴方のおかげでもあるんですよ」
「私の?」
スヴェトザールの言葉にサプフィールが首を傾げる。
「私がやっていた仕事のいくつかを貴方に任せられるようになったので負担が減りましたし……それに、たまにこうして仕事から離してくれています」