第4章 因縁の残火
“焦り”を見せた瞬間に、相手が笑うと分かっている。
「そんなもん…血で汚させるか」
「そら余計に血に染めたくなるわ~」
男は不気味に笑い、伊織を抱えた腕をわざと持ち上げる。
赤子の体が揺れ、眠りかけの息がひゅっと詰まった。
「“赤ん坊斬り”…一度やってみたかったんや」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が、凍った。
「…貴様」
斗亜の瞳が怒りに燃えるのに、表情は動かない。
怒りが熱ではなく、底冷えする殺気に変わっていく。
男は愉しそうに口角を吊り上げる。
「正々堂々勝負や!」
「人質取って何が正々堂々だ…」
斗亜の声は低いまま。
怒りを噛み殺した分だけ、刃の冴えが増す。
男が、勢いよく斬りかかる。
キンッ。
斗亜は瞬時に抜刀し、刃を弾いた。
火花が一粒、闇に散る。
その弾き方が無駄なく鋭い。
まるで「そこは通らない」と線を引くみたいに。
「もろうた!」
男が踏み込む。
次の手に繋げるための執拗な追撃。
「百年早い!!!」
斗亜が身を捻り、紙一枚で避ける。
同時に、足が地を削り、間合いを奪う。
「飛天御剣流――龍巻閃!!!」
旋風のような一撃が走る。
ドガァァ!!
男の背を撃ち抜き、体が吹き飛ばされる。
地を転がり、砂利が跳ねた。
だが男は、ゆっくりと立ち上がる。
笑っている。
痛みよりも興奮が勝っている顔だ。
「なかなかやるやないか…せやけど、代償は高くつくで」
男は二本の刀を合わせた。
金具が噛み合い、異様な形状の武器へ変わっていく。
「赤空初期の殺人奇剣…連刃刀や」
男が見せびらかすように構える。
二つ並んだ刃が、月明かりを不気味に返す。
「同じ傷を二つ刻めば、縫合できず…腐って死ぬ」
「理屈だけは立派だな」
斗亜は小さく笑う。
その笑みには、愉快さはない。
見下ろす冷たさだけがある。
男が迫る。
空気が裂ける音がする。
「それは…楽しみだな」
斗亜は刃を弾いた。
手首の角度が正確すぎて、衝突音が鋭く響く。