第3章 因縁の残響
ほんのわずか、眉が寄る。
「お前…“迷走”なんて言葉、知ってたのか?」
「失礼だな!バカにすんな!俺もう二十五だぞ!?」
間髪入れずに噛みつく斗亜。
斎藤は鼻で笑った。
そのやり取りはどこか滑稽で、だが廊下を満たす空気の重さは微塵も軽くならない。
「そして、隙を志々雄が見逃すはずがねぇ…」
斗亜の声が、今度は低く落ちる。
冗談の色はいつの間にか消えていた。
斎藤は再び真剣な視線を剣心に向けた。
「無視すんな!」
斗亜の叫び声が廊下に響く。
三人の間に流れるのは、奇妙な均衡。
かつて命を賭して切り拓いた新時代。
だがその内側はすでに軋み、崩壊の兆しを隠し切れなくなっている。
志々雄はその裂け目に牙を突き立てようとしていた。
「斗亜…拙者も京都へ行く」
剣心の声は静かだった。
だが、その奥には揺るぎのない強さが宿っている。
斗亜は驚かない。
最初から分かっていた。
兄の選ぶ道など。
「悪い…」
不意に斗亜が呟く。
「俺のせいで、兄貴にまで迷惑かけちまって…」
志々雄との闘いも、京都へ向かうことになった理由も、始まりは自分にある。
そう思えば思うほど、胸の奥が重く沈んだ。
剣心はそんな弟を見つめ、小さく首を横に振る。
「何を言うでござる。兄とは、そういうものだ。お前一人に背負わせる気はない」
斗亜は少しだけ目を見開き、やがて苦笑した。
「敵わねぇな…」
兄弟であり、同じ飛天御剣流学んだ者同士。
多くを語らなくても、互いの覚悟は伝わる。
「あぁ…」
剣心は短く頷き、神谷道場へと歩き出した。
その背中には、かつての"人斬り"の影と、今の"流浪人"としての覚悟が重なって見えた。
そして時代は再び、血の嵐へ向けて動き出す。