第3章 因縁の残響
数日後、返事前夜。
神谷道場が寝静まる頃。
庭に落ちる月の光が、縁側の板を白く染めていた。
虫の声だけが、遠く近く、細く続いている。
斗亜は一人、縁側に座っていた。
膝の上に置かれた刀、蒼雲・鎮。
錆先で鞘をなぞる。
撫でているのではない。
そこに在る理由を、確かめているような動きだった。
明日、返事をする。
斗亜は、行くと決めている。
志々雄を終わらせる。
それが、自分のけじめ。
蒼雲・鎮を見ていると胸の奥が軋む。
「(これは…)」
月光を受けた鞘が、静かに光る。
「(この刀で…志々雄を今度こそ倒せるか…)」
その時…。
「起きていたでござるか」
「兄貴か…」
剣心が隣に座る。
剣心の視線が、刀へ落ちる。
「その刀の名は?」
「蒼雲・鎮だ」
「鎮…?」
斗亜の指が止まる。
「妻との最期の約束を守るため…」
風が葉を揺らす。
「二度と人を殺めないため…人斬りを鎮める刀…知り合いの刀匠に打ってもらった」
記憶が蘇る。
血の臭い。
倒れた桜。
腕の中の幸太。
そして…昔を思い出す。
――もう…人を殺めるのはやめて…――
『もう二度と人を斬れない刀にしてくれ…』
『なんでだ?』
『俺が人斬りに戻らねぇように…』
斗亜は寂しそうな表情を浮かべる。
「斬れねぇ刀にしてもらった。守るためじゃねぇ…」
少し間を空けて、息をつく。
「俺の中の人斬りを、鎮めるためだ」
「そうでござるか…」
剣心が逆刃刀へ視線を落とす。
「拙者の逆刃刀は…不殺の誓い。似たようなものでござるな」
斗亜が小さく笑う。
「兄貴は前を向くための剣だ」
自分の刀を見る。
「これは…過去を押さえつけるための剣だ」
月が雲に隠れる。
庭がわずかに暗くなる。
「志々雄は…俺が終わらせる」
静かな声。
「人斬りだった俺がやり残したことだ。人斬りだった俺が…終わらせなきゃならねぇ…」
剣心は目を細める。
「お前を死なせはせん」
斗亜の呼吸が止まる。
その言葉は“生きろ”と言っている。