第3章 因縁の残響
桜と夫婦になって、一年。
人里離れた山間の小さな村。
静かで穏やかで、風が木々を揺らす音だけが響く。
一つの命が、この世に生まれた。
斗亜の息子の幸太だ。
桜によく似た大きな瞳。
斗亜によく似た緋色の髪。
よく笑い、小さな手で斗亜の指をぎゅっと握る。
柔らかな男の子だった。
幸太が九か月になった頃。
幸太は熱を出していた。
小さな額が、じんわりと熱い。
「大丈夫か、幸太…」
斗亜が抱き上げ、額に頬を寄せる。
幸太は弱々しく笑い、斗亜の着物をぎゅっと掴んだ。
「お薬がなくなりそうで…夕餉の買い出しにも行かないと…」
「今日は俺が行くよ。桜は幸太のそばに居てくれ」
桜は少し迷い、それでも頷いた。
「ごめんね…夕餉の買い出し、お願いして」
「気にするな」
斗亜は幸太の頭を撫でる。
「いい子にして待ってろよ~?」
桜が幸太を抱き直し、穏やかに微笑む。
「いってらっしゃい。幸太、お父ちゃんすぐに帰ってくるからね」
その表情は、すっかり“母”のものだった。
斗亜は振り返り、その光景を胸に焼き付ける。
買い出しを終え、斗亜は足早に帰路についた。
幸太の熱。
桜の不安そうな目。
速く帰らなければ。
夕陽が山の端へ沈みかける。
静かな時刻。
家の戸口に立った瞬間…。
心臓が、嫌な音を立てた。
戸の隙間から漂う、鉄のような臭い。
ドクン。
指先が震える。
音がない。
いつも聞こえるはずの、幸太の声や桜の足音が聞こえない。
「ただい…ま…」
戸を開ける。
世界が崩れ落ちた。