第7章 新たな道標
腹なんか減っている場合じゃない。
再び構え直そうとした、その時。
「朝餉の支度が出来ているでござる」
背後から静かな声が届いた。
斗亜の肩が、ほんのわずかに揺れる。
振り返らない。
今の顔だけは見られたくなかった。
「あとで行く」
短く返す。
視線は前だけを向いたまま。
剣心はそれ以上何も言わない。
責めることも。
止めることも。
励ますこともしない。
ただ穏やかな声で一言だけ残した。
「冷めぬうちに来るでござるよ」
静かな足音が遠ざかっていく。
再び訪れる静寂。
斗亜はその場に立ち尽くした。
ゆっくり竹刀を下ろし、右手へ巻いた手拭いをほどく。
滲んだ血が朝日に照らされる。
その赤をじっと見つめる。
「こんなんで…」
拳を握る。
痛みが走る。
その痛みだけが、自分がまだ前へ進もうとしている証のようだった。
「追いつけるかよ」
小さく呟き、もう一度竹刀を構える。
「遅ぇんだよ」
朝の光の中、竹刀がもう一度しなり鋭く空気を切る。
シュッ。
シュッ。
規則正しく響くその風切り音だけが、夜明けの神谷道場を静かに満たしていた。
その音を背に、剣心は静かに道場を後にした。
障子が静かに閉まる。
廊下へ出ると、朝の冷たい空気が肌を撫でた。
居間の方からは、薫が朝餉の支度をする音が微かに聞こえてくる。
包丁がまな板を叩く音。
味噌汁の湯気が立つ気配。
穏やかな朝の音。
それとは対照的に。
シュッ。
シュッ。
道場からは、途切れることなく竹刀が空気を切る音が響いていた。
剣心は廊下の途中で足を止める。
振り返らない。
それでも耳には、斗亜の竹刀が風を切る音が届いていた。
その一本一本に、焦りが滲んでいる。
「(止まらぬでござるな…)」
静かに目を伏せる。
「(あの振り方は、相手と向き合う剣ではない。自分自身を追い詰める剣でござるな…)」
昔も、同じような夜があった。
眠ることも忘れ、刀を握り続けた日々。