• 小
  • 中
  • 大
  • テキストサイズ

緋色の誓い

第7章 新たな道標



「なんでだ…」

もう一振り。

力が入り過ぎる。

掌が軋む。

潰れた豆が裂ける感触。

布の中で血が滲む。

それでも止めない。

止まれば認めることになる。

今の自分は、あの時より遅いと。

弱くなったと。

「くそっ…」

歯を食いしばる。

踏み込みはさらに深く。

床板を踏み込む音が道場に響く。

呼吸は乱れ。

肩が重くなる。

それでも竹刀だけは止まらない。

思い出せ。

あの速さを。

あの重さを。

命を懸けて斬り結んでいた頃の体を。

朝の静けさが、妙に耳障りだった。

鳥のさえずり。

風が障子を揺らす音。

穏やかな朝。

その全部が、自分を鈍らせるように思えてならない。

「まだ足りねぇ」

掠れた声が零れる。

もう一歩。

もう一振り。

体を追い込む。

その時だった。

廊下の向こうで、畳を踏むかすかな音が響いた。

斗亜は振り返らない。

振り返らなくても分かる。

兄貴だ。

この足音を聞き間違えることなどない。

それでも竹刀を止めることは出来なかった。

いや、止めたくなかった。

止まれば見られる。

今の自分を。

あの頃より遅くなった剣を。

焦りだけが先走る姿を。

だから振る。

振る。

振る。

呼吸はさらに荒れ、視界の端が白く霞み始める。

足運びがわずかに遅れる。

それでも無理やり前へ踏み出す。

シュッ!!

勢い余って竹刀が手の中で滑る。

危うく取り落としかけ、咄嗟に握り直した。

乱れた呼吸。

震える腕。

それでも構えだけは崩さない。

「まだだ」

低く呟く。

「あの時は…もっと速かった」

息を吐く。

「もっと動けた」

拳を握る。

「もっと斬れてた」

障子越しの光が少しずつ強くなり、白い朝日が道場の中へ差し込んできた。

その光が、自分の姿を浮かび上がらせる。

汗。

乱れた呼吸。

震える腕。

重い足。

全部、嫌というほど見えてしまう。

「遅ぇんだよ」

その時だった。

グゥゥ。

静まり返った道場へ、不意に腹の虫が鳴り響いた。

斗亜の眉がぴくりと動く。

一瞬だけ竹刀が止まる。

「…っ」

小さく舌打ちする。
/ 284ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp