第7章 新たな道標
「おい、斗亜」
返事はない。
「斗亜!」
ようやく竹刀が止まる。
ゆっくり振り返る。
その目には疲労よりも焦りが浮かんでいた。
「なんだ?」
掠れた声だった。
「朝飯だって」
「あぁ」
一言だけ返す。
「来いよ」
「あとで食う」
短く答える。
弥彦が近付いた時だった。
右手が目に入る。
掌から手首に掛けて巻かれた白い手拭い。
汗と血が滲み、赤黒く色が変わっている。
「お前、その手…」
思わず腕を掴もうとする。
斗亜は半歩引いてかわした。
「平気だ」
「平気じゃねぇだろ」
「皮が剥けただけだ」
そう言いながら、もう竹刀を握り直している。
力を込めた瞬間、布の奥からじわりと赤が滲んだ。
弥彦は顔をしかめる。
「薫に怒られるぞ」
「言うな」
即答だった。
「子どもかよ」
斗亜は何も返さない。
再び構えを取る。
シュッ。
その風切り音だけが、返事の代わりだった。
弥彦は大きくため息をつき、居間へ戻っていく。
「どうだった?」
薫が尋ねる。
「来ねぇ」
弥彦は座りながら答えた。
「あとで食うって」
「また?」
「それより…」
弥彦は、少し表情を曇らせる。
「手に手拭い巻いてた」
薫の箸が止まる。
「え?」
「血まで滲んでた」
薫が勢いよく立ち上がる。
「ちょっと!」
その肩へ、剣心が静かに手を添えた。
「今は…よいでござる」
「でも!」
「今止めても、斗亜は聞かぬ」
剣心は静かに道場の方を見る。
「今は、自分と戦っている最中でござる」
薫は唇を噛み、ゆっくり腰を下ろした。
誰も何も言えなかった。
居間へ届くのは、規則正しく響く竹刀の風切り音だけ。
その一本一本が、斗亜自身を責め立てているように聞こえていた。
朝の道場には、竹刀が風を裂く音だけが響いていた。
シュッ。
シュッ。
一定の間隔で繰り返される音。
夜明け前から振り続けているのだろう。
板間には汗がいくつも落ち、朝日に照らされて小さく光っていた。
斗亜は一人、道場の中央で竹刀を振っている。