第7章 新たな道標
胸の奥に残っていた痛みは消えてはいない。
それでも、もう一人で抱える重さではなかった。
「行くか」
自然と歩幅が速くなる。
剣心も、その隣に並んだ。
夕焼けに照らされた四つの影が、同じ方向へゆっくりと伸びていく。
帰る場所がある。
待ってくれる人がいる。
その当たり前が、今は何よりも温かかった。
夜と朝の境目。
東の空がゆっくりと白み始めても、神谷道場はまだ深い静寂に包まれていた。
冷えた畳。
障子の隙間から流れ込む朝の空気は肌を刺すようにひんやりとしている。
その静けさを破るように…。
シュッ。
竹刀が鋭く空気を切る。
間髪入れず、もう一振り。
シュッ。
さらにもう一振り。
シュッ。
しなる竹刀が風を切る音だけが、広い道場へ幾度も響き渡る。
一定の速さ。
一定の軌道。
狂いのない太刀筋。
だが、その竹刀を振るう本人だけは違った。
「…っ」
斗亜の呼吸は大きく乱れ、肩が激しく上下している。
吐く息は熱を帯び、朝の冷たい空気へ白く溶けていく。
夜明け前だというのに、着物は背中まで汗で濡れていた。
足元には、ぽたり、ぽたりと汗が畳へ落ちている。
右手には手拭いが巻かれていた。
何度も潰れた豆を覆うための手拭い。
その白い布へ、じわりと赤い染みが広がっている。
それでも構わない。
竹刀は止まらない。
振る。
振る。
振る。
何本目なのか、もう数えていなかった。
数え始めた瞬間、自分で終わりを決めてしまう。
終わりを作れば、そこで満足してしまう。
そんな甘さは許せなかった。
シュッ。
わずかに軌道がぶれる。
斗亜の眉間へ深い皺が刻まれた。
「チッ」
低く舌打ちが漏れる。
「遅ぇ…」
頭の奥には、まだ残っている。
京都で志々雄と刃を交えた、あの瞬間。
考えるより先に体が動いた。
踏み込んだと思った時には、もう間合いへ入っていた。
相手の刃筋が見えた。
空気の流れすら読めた。
あの感覚だけは、今も鮮明だった。
なのに、体が追いつかない。