第3章 因縁の残響
「俺の因縁…?だったら、なんで兄貴を巻き込む?」
斎藤は淡々と告げた。
「大久保卿の命令だ」
「大久保卿…だとっ!?」
その名を聞いた瞬間、斗亜の表情が強張る。
外から足音が近づいてくる。
道場の空気が、音もなく張り詰めている。
何かが動き出した気配だけが、静かに広がっていた。
斎藤は、わずかに目を細めた。
その変化を合図のように、斗亜は反射的に戸口へ視線を向ける。
「帰ってきたな…」
低く落とされた声。
次の瞬間、空気が変わった。
ただの剣気ではない。
幾千もの命を絶ち、幾度となく死地を越えてきた剣士だけが纏う。
重く、鋭く、そしてどこか静かな気配だ。
扉一枚隔てた向こうから、これが濃く流れ込んでくる。
胸の奥がざわつく。
懐かしさと緊張と、言葉に出来ない何かが一度押し寄せた。
「警視庁警部補の剣客警官の藤田五郎さんと…剣心の、昔からの知り合いの斗亜さんがお待ちよ」
廊下の方から薫の声が響いた。
名を聞いた瞬間に、廊下の気配が止まった。
息を呑む気配が、はっきりと伝わってくる。
斗亜の喉が、わずかに鳴った。
ガララ…。
ゆっくりと戸が開く。
差し込んだ光の中に、緋色の長い髪が揺れた。
姿を現した剣心を見た瞬間、斗亜の胸が強く締め付けられている。
兄だ。
あの頃と何も変わらないようでいて、確かに変わってしまった背中。
もう弟を守る背中ではない。
守るものを見つけた剣心の佇まいだ。
それでも、間違いなく兄だった。
剣心は斗亜の姿を見た途端に、目を大きく見開く。
その瞳が、まっすぐ斗亜を捉える。
時間が止まったように、お互い動けない。
再会の重みだけが、静かに道場の中へ満ちていった。
驚きか戸惑いか、それとも警戒か…。
その目に走った、ほんの一瞬の揺らぎ。
斗亜は見逃さなかった。
十年以上の空白があろうと関係ない。
血の繋がりが生む直感だけは、鈍ってなどいない。
沈黙が落ちる。