第7章 新たな道標
その時だった。
「二人ともー!夜風は体に毒よ!剣心、また風邪をぶり返すわよ!」
家の中から薫の声が飛んでくる。
「斗亜ー!明日の朝稽古、逃げんなよ!」
続けて弥彦の元気な声が響く。
思わず斗亜の口元が緩んだ。
泣いた後だからだろう。
笑っているのに、どこか泣き顔のままのような笑みだった。
「うるせぇ」
照れ隠しのように返すと、隣で剣心が小さく笑う。
「賑やかでござるな」
少し間を置いて、優しく続けた。
「家族の声でござるな」
斗亜はゆっくり頷く。
「あぁ…そうだな」
その言葉は、胸へ落とし込むように静かだった。
斗亜は湯呑を縁側へ置き、膝の上で両手を組む。
指先がかすかに震えている。
涙のせいではない。
胸の奥で止まっていた何かが、ようやく動き始めたからだった。
しばらく黙っていた斗亜が、小さく口を開く。
「兄貴…」
剣心は少しだけ目を丸くする。
それでもすぐ穏やかな笑みに戻り、静かに応えた。
「何でござる」
斗亜は少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶように間を置く。
そして照れくさそうに笑った。
「ありがとな」
剣心は優しく目を細める。
「礼などいらぬでござる」
斗亜は首を横へ振る。
「いや、いる」
短く、けれど迷いなく言い切る。
「俺が失くしちまったものを、兄貴が今まで大事に持っててくれた。それが…ありがてぇ」
剣心は何も返さず、一度夜空を見上げた。
静かな星空を見つめながら、ゆっくりと言う。
「拙者も今、斗亜がこうして隣にいてくれることがありがたいでござる」
その言葉に、斗亜の胸がまた静かに痛んだ。
けれど、それはもう寂しさではない。
人の温もりに触れた時だけ生まれる、優しい痛みだった。
斗亜は立ち上がる。
湯呑を手に取り、剣心へ目を向ける。
「戻るか」
剣心も静かに腰を上げる。
「あぁ、戻るでござる」
家へ向かって歩き出す前に、斗亜はもう一度だけ空を見上げた。