第7章 新たな道標
「穴ではないでござる」
その言葉に、斗亜はゆっくりと顔を上げる。
剣心は穏やかな眼差しのまま続けた。
「拙者が覚えている」
斗亜の瞳が揺れる。
「それは兄貴の記憶だろ」
剣心は静かに首を振った。
「違う…斗亜の歩んできた時間でもある」
斗亜は唇を震わせる。
「俺は覚えてねぇのに?」
「覚えていないことと、無かったことは違うでござる」
その声は穏やかだった。
けれど決して揺るがない。
逆刃刀を握る剣心と同じような、静かな強さが宿っていた。
斗亜はゆっくりと息を吸い込み、震える吐息を夜空へ溶かす。
「全部…本当なんだな」
剣心は迷いなく頷く。
「あぁ」
その一言だけで十分だった。
張り詰めていたものが、静かにほどけていく。
涙が一粒、頬を伝った。
音もなく落ちる。
慌てて拭おうとした頃には、二粒目がその後を追っていた。
情けないと思う暇もなかった。
胸いっぱいに込み上げるものが、涙になって溢れていく。
「俺…」
言葉が続かない。
震える声のまま、ようやく絞り出す。
「俺、その中に…ちゃんといたんだよな」
剣心は穏やかに微笑んだ。
「あぁ、確かに居たでござる」
その返事だけで胸がいっぱいになる。
笑いたい。
泣きたい。
どちらも同じくらい強く込み上げてきて、結局何もできず唇を噛んだ。
しばらくして、斗亜はもう一度尋ねる。
「じゃあ…俺もちゃんと家族だったんだよな」
その問いに、剣心は何も言わず湯呑を持ち上げた。
急須から静かに茶を注ぐ。
細い音を立てながら茶が揺れ、小さな湯気が立ち上る。
慰めの言葉より、その静かな仕草の方が今は心へ染みた。
湯呑を斗亜へ差し出しながら、剣心はまっすぐに言う。
「父さんも母さんも拙者も、斗亜のことを大切に思っていた」
少しだけ目を細める。
「誰よりも」
斗亜は涙を浮かべたまま笑った。
うまく笑えない。
声も出ない。