第7章 新たな道標
父の思い出を胸の中へそっとしまうように。
そして今度は、穏やかな笑みを浮かべる。
「母さんは…本当に優しい人でござった。お主の言う通りでござる」
その言葉を聞いた途端、斗亜は込み上げるものを必死に押し殺した。
鼻の奥が熱くなる。
泣くまいと小さく息を吸い込み、静かに堪える。
剣心は遠い記憶をたどるように語り始めた。
「幼い頃、お主が怖い夢を見て夜中に泣き出したことがあった。泣きながら部屋を出て、母さんのところへ駆けて行ったでござる」
斗亜はゆっくりと目を閉じる。
胸の奥に残っていた温もりが、ぼんやりと形を帯び始める。
柔らかな膝。
包み込むような温かさ。
確かに、それだけは覚えている気がした。
「母さんは何も聞かなかった。『怖かったのね』とだけ言って、お主を膝へ抱き上げた」
剣心の声も自然と柔らかくなる。
「それから、小さな声で歌を歌っていた。風が耳元を通り過ぎるような、優しい歌でござった。泣きじゃくっていた斗亜も、少しずつ落ち着いていって…母さんの袖をぎゅっと握り締めたまま、眠ってしまったでござる」
その瞬間だった。
斗亜の手が無意識に膝へ落ちる。
着物の端を、幼い頃と同じようにそっと握り締める。
剣心はその仕草に気付き、小さく目を細めた。
「斗亜が眠ってからも、母さんはずっと背中を撫でていたでござる。手は一度も止まらなかった」
剣心は静かに続ける。
「まるで、その手を離せば、お主の怖さまで戻ってしまうと分かっているように」
「覚えてない…」
斗亜の声は震えていた。
胸の奥へしまい込んでいた寂しさが、少しずつ溢れそうになる。
それでも剣心は穏やかな口調のまま続けた。
「夕餉も賑やかでござった。父さんが説教を始め、斗亜が口を尖らせ、母さんが笑って拙者がその間へ入る」
懐かしそうに目を細める。
「そんな毎日でござった」
斗亜は苦く笑う。
「何も…覚えてねぇ。兄貴だけ…ずりぃよ」
その呟きは、幼い子どものように寂しさを滲ませていた。
剣心は静かに頷く。