第7章 新たな道標
そんなことを斗亜は嫌というほど知っている。
比古のもとで暮らしていた頃もそうだった。
朝はまだ暗いうちに始まる。
湯を沸かし、味噌汁を作る。
言葉はほとんど交わさない。
必要なのは会話ではなく手を動かすことだった。
斗亜も剣心も、その朝を何度も繰り返してきた。
だから自然と体が覚えている。
米を研ぐ。
釜へ水を張る。
火加減を見ながら炊き始める。
立ち上る湯気が米の甘い香りを運んできた。
病人がいる朝だ。
味噌汁は胃に優しいものがいい。
大根を薄く切る。
柔らかい豆腐を入れる。
葱は香りが飛ばないよう最後に散らす。
出汁は短時間でも十分に香る。
焼き魚を網へ並べた、その時だった。
廊下から近付いてくる足音が聞こえる。
「あれ?」
薫だった。
寝起きなのだろう。
高い位置で髪を結び、まだ眠そうに目を擦っている。
しかし台所へ立つ斗亜の姿を見た瞬間、その眠気は一気に吹き飛んだ。
「あれ?斗亜、何してるの?」
斗亜は魚を返しながら答える。
「見て分かんだろ?朝飯作ってる」
「え?」
薫は目を丸くする。
「剣心は?」
「風邪」
その二文字だけで十分だった。
薫の表情がさっと変わる。
「えっ!?大丈夫なの!?」
慌てて剣心の部屋へ向かおうとする。
しかし斗亜が振り向かずに声だけを掛けた。
「起こすな。多分寝てる」
薫は襖の前で足を止める。
心配そうに扉を見つめたあと、小さく頷いた。
「分かったわ」
静かに踵を返し、台所へ戻ってくる。
そして改めて斗亜の手元を見つめた。
包丁を握る手。
火加減を見る目。
慣れた手つきで朝餉を作る姿に、薫は思わず感心したように目を瞬かせた。
「手伝うわ」
薫が袖を軽くまくりながら台所へ入ってくる。
斗亜は鍋から視線を外さないまま短く返した。
「いい」
「遠慮しなくていいじゃない」
薫は少し笑う。
「ここは私の家でもあるんだから」
斗亜は一瞬だけ考え込むように黙った。
それから網の上で焼ける魚へ顎をしゃくる。