第7章 新たな道標
恵も穏やかに頷いた。
「気を付けて帰るのよ」
「はい」
診療所を出ると、昼の陽射しが二人を包み込んだ。
薬草の香りから一転、町の活気と暖かな風が頬を撫でる。
斗亜は大きく息を吸い込み、歩き出した。
数歩進んだところで、不意に足が止まる。
「なぁ、兄貴」
剣心が振り向く。
「どうしたでござるか?」
斗亜は辺りをきょろきょろと見回した。
右。
左。
来た道。
そして、小さく首をかしげる。
「神谷道場って、どっちだったっけ?」
しん、と静かな時間が流れる。
剣心はしばらく斗亜を見つめると、堪えきれず苦笑した。
「やはり覚えてないか…」
そう言って、道場のある方角を指差す。
「こっちでござる…」
「だから笑うなって!ちゃんと分かってた!今、確認しただけだ!」
斗亜は耳まで赤くしながら抗議する。
「確認でござるか?」
剣心の穏やかな一言に、斗亜は言葉を詰まらせる。
「確認だ!」
「本当に?」
「本当だ!」
「そういうことにしておくでござる」
剣心は笑みを浮かべたまま歩き出す。
斗亜は頬を膨らませながら、その後を追い掛けた。
「兄貴ー!」
町には二人のやり取りと、穏やかな笑い声がいつまでも響いていた。
夜はすっかり更け、神谷道場は静かな眠りに包まれていた。
虫の声だけが、庭のどこかで途切れることなく響いている。
その静寂の中、斗亜だけが眠れずにいた。
布団へ横になったまま、ぼんやりと天井を見つめる。
目を閉じても眠気は訪れない。
寝返りを打つ。
もう一度打つ。
それでも胸の奥に張りついたざわめきは消えなかった。
静かすぎる夜だった。
だからこそ、思い出したくもない記憶が浮かび上がってくる。
燃え上がる炎。
刃がぶつかる金属音。
怒号。
誰かの叫び声。
浅くなった呼吸に気付き、斗亜は小さく息を吐いた。
「眠れねぇ…」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。